住職からのご挨拶

説教姿座り

こんにちは。稱念寺第23世住職葭間弘淳です。

現代において多くの場合 宗教は亡くなられた方の

供養でしかありませんが、しかし本来は生きておられる方への

教えでもあったはずでございます。

気軽にお寺にお参りをして頂き、色々な活動を通じで繋がりが

広がればと思い、その為に霊場巡りや趣味展、写経会、

別時念仏会など様々な活動をしております。

私たちはあらゆるご恩の中で生かされています。

その恩をかみしめることが「おがむ」という事だと考えております

現代の私たちに欠けがちな、眼に見えないものへの

ありがたさを感じて頂ければ幸いです。

合掌

浄土宗の教え

浄土宗の宗旨

名称 浄土宗
宗祖 法然上人(源空) (1133~1212)
開宗 承安5年(1175年)
本尊 阿彌陀佛 阿弥陀如来
教え 阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、お浄土に生まれることを願う信仰です。
お経 お釈迦さまがお説きになった『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三部経をよりどころとします。

詳しくは「浄土宗」の公式ホームページをご参照ください。

浄土宗とは?

法事・葬儀のご相談

稱念寺では法事・葬儀のご相談を下記にてお承りしております。

お気軽にお問い合わせください。

電話(06)6772-3737

FAX(06)6772-3740

Mail:naionnzann-ashima@axel.ocn.ne.jp

菊

法事のご相談

法事とは亡き人を偲ぶ法要です。法事を通して、自分の命がいかに尊いか、また数多のおかげを頂きこうして暮らしています。

供養とは「供物養心」共に養う、何を養うのかは、それは感謝の心とおかげ様の心、自分を見つめなおす機会がご法事であります。

お法事を行いたいとお考えの方で、お寺とのお付き合いがないお方はどうぞご遠慮なく稱念寺までお問合せください。法要後座敷にてお食事(お斎)も可能です。

数珠

葬儀のご相談

人との別れほど辛く悲しいことはないでしょう。

私たちは過去からずっと悲しみを乗り越えて葬送の儀を行ってきました。

お釈迦様は愛する人とはいつか必ず別れなければならない苦しみ(あい別離べつり)があると説かれました。けれども浄土宗のみ教えでは「死」は永遠の別離ではなく、亡き人と西方極楽浄土で再会という希望ある世界が用意されているのです。

葬儀は故人との再会を確信する大切な儀式でございます。

葬儀の喪主を経験なさる機会は何度もございません。当山稱念寺では喪主様のご希望に沿いながら、葬送の儀をお手伝いさせて頂きます。

喪服姿で合掌する家族と祭壇の花

住職の法話

八苦(求不得苦)

住職の法話(五蘊盛苦)

五蘊盛苦(ゴウンジョウク)とは、心が受け取る五種類の機能が盛んになりすぎてしまう苦しみであります。蘊とは集まりであり、五つの集まりとは、色・受・想・行・織(シキジュソウギョウシキ)であります。五蘊は般若心経にも出てきます。色とは、本体であり、受は、感覚・知覚・印象であり、想は受け入れた感覚を思い出すことであり、行は意志と行為のことで、対象に積極的に働きかけることであり。織は物を認識し区別することであります。

喩えるならば、ここに女性がおられます。女性は本体、物質的な形、存在であるので、「色」になります。女性をみて素敵だなぁと感じる心は、感覚になるので「受」になります。その女性に恋心を寄せてしまう、感覚は何かと考えると、恋になるので、「想」になります。そして、もっと親密に話したい、食事を共にしたいという意思が働いて「行」になります。切ない想いを自覚する、己の中の判断を意味するので、「織」になります。私たちが生きている以上、様々な苦しみから逃れることなどできないわけです。その苦しみから逃れる、解放される道は、この六道輪廻から厭い離れることしかないのです。もう一度生まれ変わることのないように、お念仏をお称えし、この迷いの世界から解脱し、西方極楽浄土に往生することが、この苦しみから逃れる方法です。ただただ阿弥陀様の本願力を頂戴して、お念仏精進してまいりましょう。

 

般若心経 画像

八苦(求不得苦)

住職の法話(求不得苦)

求不得苦(グフトクク)とは、求めても得る事ができない苦しみであります。自分の思い通りにならないのが、苦の本質であります。欲しいものがあれば、人を押しのけてでも手に入れたい、そんな欲求が私たちの心の奥底に潜んでいます。一度手に入れたものでも、満足せずにまた他のものを欲しがります。欲とは底なしなのです。欲望とは次から次へと変わっていきます。

喉の渇きを潤すために、ビールが飲みたいなぁと思い、一杯、二杯と飲んでいくうちに、もうビールでなく他の飲み物が欲しくなります。満足度が低下するのです。だからこそ、一杯目のビールが最も美味しいといわれます。

京都龍安寺のつくばいには「吾唯足知」文字が刻まれています。この意味は「われただ足るを知る」貪ることをしない。満足を知る人は、不平不満の心を起こさないのであります。

幸せの「はひふへほ」

はー半分でいい

ひー人並みでいい

ふー普通でいい

へー平凡でいい

ほーほどほどでいい

 

欲張りすぎない生き方を是非とも実践してまいりましょう。

竜安寺

八苦(怨憎会苦)

住職の法話(怨憎会苦)

怨憎会苦(オンゾウエク)とは恨んだり憎んだりしている相手とも会わなければならない苦しみであり、「愛別離苦」とは真逆であります。

私たちは人との付き合いを、好きか嫌いか、苦手か苦手でないのか、損か得かで判断しています。

「嫌いな人がいるのではなく、嫌いだなぁと思う心が自分にある」

私には苦手、嫌いな人であっても、他の人からは好かれている人もいます。そんな自分の嫌な心を見つめて少しでも克服できるようにしましょう。

テレビドラマでも色々な人が登場してこそ、興味が湧き、視聴率があがります。それと同様に世の中も、よき人も悪しき人も各々が芝居を演じていると思えば自分にとって嫌な人も、これはただただ演じているだけなんだぁと思えれば、人との付き合いも変わっていくのではないでしょうか。

「人の心とこんにゃくの裏表はようわからん」

心には裏表があります。本当の自分はどんな心の持ち主か、こんにゃくの様にどちらが表か裏かわかりません。宗教とは自己を見つめて、どう進むべきか。み佛様のみ前、仏壇の前で手を合わせ、己を見つめてみてください。

この忙しい時代にゆっくりと自分を見つめ直し、自分自身を知りましょう。

蝋燭画像

八苦(愛別離苦)

住職の法話(八苦)

八苦とは愛別離苦(アイベツリク)・怨憎会苦(オンゾウエク)求不得苦(グフトクク)・五蘊盛苦(ゴウンジョウク) 前回法話の四苦を合わせて、四苦八苦。全部で十二の苦ではなく、八つの苦であります。

「出会いは、別れの始まり」という言葉があるように、私たちは必ず別れというものを経験しなければなりません。特に愛するものと別れなければいけない苦しみを愛別離苦といい、四苦八苦といわれる苦しみの中で一番辛い苦しみといわれます。

「しゃぼん玉」という童謡があります。これは野口雨情氏が作詞した歌ですが、この歌詞が作られた背景には、2歳の愛娘の死があるそうです。

「しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた 風 風 吹くな しゃぼん玉とばそ」

しゃぼん玉とは人間の命のことでしょう。この世に生を受け、屋根まで、つまりある程度のところまで命ながらえて生きることのできる人もいます。しかしながら永遠というわけにはいきません。いつかはこわれて消えるのです。そして2番の歌詞は特に娘のことを思って作ったのでしょう。娘が生まれて、本当に人生のスタートラインに立つかどうかのところで命が消えてしまった。「風、風、吹くな」とは偽らざる願いでしょう。しかし、ひとたび無常の風が吹きぬければ、命はなんともはかなく失われてしまう。その風は私たちの願いとは裏腹に、いつ吹くかもわかりません。私たちの命のはかなさを歌っているのがこの「しゃぼん玉」という童謡です。この詩と愛娘の死とは直接関係ないという説もありますが、幼くして亡くした子どもの偲んでこの詩を書いたのは明らかです。

法然上人のお言葉の中に、「会者定離は常の習い、今始めたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや。今の別れはしばらくの悲しみ、春の夜の夢のごとし」

会う者は必ず別れるということは、世の定めであり、今に始まったことでもありません。どうして深く嘆くことがあるでしょうか。今の別れは、しばしの悲しみに過ぎず、春の夜のはかない夢のようなものです。とおっしゃっておられます。

そんなことは頭でわかっていても、その現実を引き受けることはなかなかできません。ましてや自分の身にそんなことが起ころうとは誰も思っていないでしょう。

しかし、お浄土での再会を願わずにはおれません。「老いる事が楽しみになってきました」という子どもを亡くされたお母さんの言葉。我が子と会える日が一日一日と近づいてくる。老いる事が楽しみにお念仏をお称えして、お浄土での再会を念じたいものです。

一休禅師は信者さんから目出度い言葉を書いて欲しいと頼まれ、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」と書いて信者さんに渡すと、「何が目出度い言葉ですか、死が三つも書いてある」と怒りました。一休さんは諭すように「親が亡くなり、子どもが亡くなり、孫がなくなり、歳の順番に亡くなることほど、目出度いことはないのだ」と。順縁とは歳の順番になくなることであり、逆縁は歳の下の者から亡くなる。年齢順には亡くならないこの世の中、しかし、必ず亡くなることは確かであります。老後の事を考えるのも大切でしょう、しかし、老後が来るか来ないか不確定なことを考えるより、いつか必ず来る「死」を考えたいものです。

四苦

住職の法話(四苦)

「仏教をお開きになられたお釈迦様」

まずは仏教をお開きになられました、お釈迦様のお話をさせて頂きます。多くの部族国家が分立していた時代、北インドの小国、東西80キロ南北60キロ千葉県くらいの面積を治めていた釈迦族のシュッドーダナという王とお母様摩耶(マヤ)夫人の間にお生まれになられました。摩耶(マヤ)夫人が、出産のために実家に帰る途中、ネパールのルンビニーの花園で花に手を伸ばしたときに、脇の下から4月8日に生まれたとされています。紀元前463年もしくは565年という説もあります。なぜ脇という非現実的なところから生まれてきたのかと、大抵の人が思うでしょう。それは現在インドのほとんどを占めるヒンドゥー教の基になる、バラモン教が関与しているという説があります。

現在では法律上で禁止されていますが、インドにはカーストという身分階級制度があって、それは今でも根強く実態として消え去ってはおりません。カーストでは4つの階級があり、身分の高い順にバラモン(司祭)、クシャトリア(王族)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)という順であります。

そして重要なのが、バラモン教ではバラモンは神の頭(口)から、クシャトリアは脇(腕)から、ヴァイシャは腿(腹)から、シュードラは足の裏から生まれるとされています。そしてお釈迦様は脇から生まれたという。つまり、王族であるために脇から生まれたと考えられているのであります。

お生まれになって七歩 歩まれました。

これは大事なことを顕しております。仏教の思想、六道輪廻(ロクドウリンネ)(があります。

六つの迷いの世界。生まれ変わり死に変わり、堂々巡りしてきました。

車輪がくるくる回るように、回ってきました。

六つの世界とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上

六を超えて七の世界があります。

天上(てんじょう)天下(てんが)唯我独尊(ゆいがどくそん)」(自分という存在は、誰にも変わることができない人間として生まれており、この命のまま尊い)

シッタルダ太子が生れて七日後に母親がなくなり、妹のマハプラジャパティに育てられました。

19歳もしくは16歳でヤショダーラと結婚し、ラゴラが生まれました。 29歳で出家なさいました。

不自由なく暮らしていたシッタルダ太子でしたが、あるとき東西南北それぞれの城門から外出する機会がありました。その時に四つの苦しみ(四苦:生・老・病・死)を知ることになり、そのエピソードを四門出遊(シモンシュツユウ)と言います。

東門―老人を見る。西門―病人を見る。南門―死人を見る。北門―修行僧を見て、気高き姿に惹かれて、出家する決断をするのであります。

「生」の苦しみは、生まれてくる苦しみであります。インドでは身分制度があり、生まれながらに身分は決まっており、自分の力ではどうすることもできない。

「老」はいつか来ます。20歳までは成長である、それ以降は「老」である。「変わりたくても変われない、変わりたくなくても変わっていく。」これが人間の姿であります。自分を変えようとしてもそう簡単に変えれない、しかしまだまだ若くいたいなぁと思っていても変わっていくのがこの世であります。

立ち上がる時に掛け声をして立ち上がる方が居られます。力を入れる時に「ヨイショ」

もう少し年配になると「ヨッコラショ」と、そしてその先は「ヨッコラドッコイショ」皆様はどの掛け声でしょうか?

「病」は心の病と体の病があります。川柳に「高血圧 ニュース見るなと医者がいい」

「病院へこないあの人病気かな」病気になると医者が頼もしく、薬が有難いと誰もが思う事でああります。宗教も自分が必要な時だけ必要なのでしょうか?その考えでもいいのでしょうが、浄土宗のみ教えは平生が大切であります。毎日の日課、日々のお念仏であります。

「死」は必然であり、「生」は偶然である。誰もが決して避けて通れないのが「死」でああります。

しかし、お釈迦様を7つ目の世界をお示しくださったように、阿弥陀様は西方極楽浄土という世界をお建てになり、浄土宗をお開きになられた、法然上人は「ただ一向に念仏すべし」とお念仏申して、阿弥陀様のお他力を頂戴して、六道輪廻の世界から厭いはなれるすべを

私たちにお説きくだされた。

死とは残された人にとって永遠の別離ではなく、西方極楽浄土で再会できるという希望があります。そのための葬儀や追善回向が大切になってきます。

通夜は人生の卒業式、葬儀告別式は人生の入学式である。極楽浄土に入学する大切な儀式なのです。