住職からのご挨拶

説教姿座り

こんにちは。稱念寺第23世住職葭間弘淳です。

現代において多くの場合 宗教は亡くなられた方の

供養でしかありませんが、しかし本来は生きておられる方への

教えでもあったはずでございます。

気軽にお寺にお参りをして頂き、色々な活動を通じで繋がりが

広がればと思い、その為に霊場巡りや趣味展、写経会、

別時念仏会など様々な活動をしております。

私たちはあらゆるご恩の中で生かされています。

その恩をかみしめることが「おがむ」という事だと考えております

現代の私たちに欠けがちな、眼に見えないものへの

ありがたさを感じて頂ければ幸いです。

合掌

浄土宗の教え

浄土宗の宗旨

名称 浄土宗
宗祖 法然上人(源空) (1133~1212)
開宗 承安5年(1175年)
本尊 阿彌陀佛 阿弥陀如来
教え 阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、お浄土に生まれることを願う信仰です。
お経 お釈迦さまがお説きになった『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三部経をよりどころとします。

詳しくは「浄土宗」の公式ホームページをご参照ください。

浄土宗とは?

法事・葬儀のご相談

稱念寺では法事・葬儀のご相談を下記にてお承りしております。

お気軽にお問い合わせください。

電話(06)6772-3737

FAX(06)6772-3740

Mail:naionnzann-ashima@axel.ocn.ne.jp

菊

法事のご相談

法事とは亡き人を偲ぶ法要です。法事を通して、自分の命がいかに尊いか、また数多のおかげを頂きこうして暮らしています。

供養とは「供物養心」共に養う、何を養うのかは、それは感謝の心とおかげ様の心、自分を見つめなおす機会がご法事であります。

お法事を行いたいとお考えの方で、お寺とのお付き合いがないお方はどうぞご遠慮なく稱念寺までお問合せください。法要後座敷にてお食事(お斎)も可能です。

数珠

葬儀のご相談

人との別れほど辛く悲しいことはないでしょう。

私たちは過去からずっと悲しみを乗り越えて葬送の儀を行ってきました。

お釈迦様は愛する人とはいつか必ず別れなければならない苦しみ(あい別離べつり)があると説かれました。けれども浄土宗のみ教えでは「死」は永遠の別離ではなく、亡き人と西方極楽浄土で再会という希望ある世界が用意されているのです。

葬儀は故人との再会を確信する大切な儀式でございます。

葬儀の喪主を経験なさる機会は何度もございません。当山稱念寺では喪主様のご希望に沿いながら、葬送の儀をお手伝いさせて頂きます。

喪服姿で合掌する家族と祭壇の花

住職の法話

人それぞれである

お釈迦様は生まれてすぐ7歩あるいて、「天上(てんじょう)天下(てんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」と言われました。

天の上にも天の下にも、この広い地球上でただ私一人が尊しという意味ではなく、自分という存在は、誰にも変わることができない人間として生まれており、この命のまま尊い。他人と比較して傷つくこともなく、他人より優れているところがあっても、おごり高ぶらないという言葉でございます。

槇原敬之さんが作詞作曲をした「世界に一つだけの花」という歌があり、解散されたスマップも歌っていました。

槇原さんは1999年覚醒剤事件の有罪判決があり、世間を騒がせ、全国ツアーコンサートやCDやその他のものがすべて回収になり、損害は膨大な金額になったそうです。

何億もの負債を背負い、苦しまれたそうです。その苦しみの中で、山梨県は身延山、日蓮宗の総本山久遠寺に着きました。石段で一息しているときに。若いお坊さんが傍に寄ってきて、声をかけてきました。槇原さんですね?

お寺の書院に案内され、いろいろな話をされました。

その折に「天上(てんじょう)天下(てんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」の話をうけました。人生の絶望を感じてお寺に来たけれども、このお言葉を頂いて、生きる勇気を得て、前向きにもう一度頑張っていこうと決心されたのです。世の中の役に立ちたい、自分にできる事は、歌を歌い、作詞、作曲をすることである。この道で多くの人を幸せにしていきたいと。こう考えて「世界に一つだけの花」という国民的歌が誕生しました。

「ひとそれぞれ好みはあるけど どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて 争う事もしないで バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる
一人一人違うのにその中で 一番になりたがる
そうさ 僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かさせることだけに 一生懸命になればいい

小さい花や大きな花 一つとして同じものはないから
ナバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」

 

比べる事もなく、争う必要もない、人はそれぞれに尊い存在である。

「みんなちがって みんないい」(金子みすゞ)

今世間は「寛容さ」という言葉を忘れているのではないでしょうか。

 

怒り

最近テレビでよく目にするあおり運転、怒りをコントロール出来なくなっています。

煩悩の中でも怒りを瞋恚(シンニ)と言います。怒りの心が燃え上がり爆発してしまいます。

怒りの感情がでたら、冷静になることです。それには、数を数えて10秒以上経つと落ち着いてきます。落ち着かせる方法は「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」と心の中でお念仏をお称えします。周りに人が居なければ声に出してお称えすると、怒りの感情がおさまり、なぜそのような感情が出たのか、客観的に自己を見れるようになります。

「腹が立ったら鏡を見よ、鬼の顔がただで見られる」この歌のように、鏡を見る事も冷静さを保てる一つであります。

「火は火でもって消すことはできないように、怒りは怒りでもって消し去ることはできない」穏やかに過ごせるように、心を養っていきましょう。心の強さを持っている人が穏やかな人ではないでしょうか。

愚かな考え

お釈迦様が、托鉢をしていた時に、大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘がたもとへ石を入れている。自殺の準備に違いない。
娘のそばまで行かれたお釈迦様は、優しくその訳を尋ねられた。相手がお釈迦さまと分かった娘は、心を開いて苦しみのすべてを打ち明けた。

「お恥ずかしいことですが、私はある人を愛しましたが、捨てられてしまいました。世間の目は冷たく、やがて生まれてくるおなかの子供の将来などを考えますと、いっそ死んだほうがどんなにましだろうと苦しみます。
こんな私を哀れに思われましたら、どうかこのまま死なせてくださいませ」と、泣き崩れた。

お釈迦様は哀れに思われ、こう諭された。

不憫なそなたには、例えをもって話そう。
ある所に、毎日、荷物を満載した車を、朝から晩まで引かねばならぬ牛がいた。つくづくその牛は思ったのだ。
『なぜオレは、毎日こんなに苦しまねばならないのか、一体自分を苦しめているものは何なのか。』
そして、
『そうだ。オレを苦しめているのは間違いなくこの車だ。この車さえなければ、オレは苦しまなくてもよいのだ。この車を壊そう』。
牛はそう決意した。
ある日、猛然と走って大きな石に車を打ち当て、木っ端微塵に壊してしまったのだ。

それを知った飼い主は驚いた。
こんな乱暴な牛には、余程頑丈な車でなければ、また壊される。
やがて飼い主は、鋼鉄製の車を造ってきた。それは今までの車の何十倍の重さであった。

その車に満載した重荷を、今までのように毎日引かせられ、以前の何百倍も苦しむようになった牛は、今更壊すこともできず、深く後悔したが、後の祭りであった。

牛は、自分を苦しめているのは車だと考え、この車さえ壊せば、自分は苦しまなくてもよいのだと思った。
それと同じように、そなたはこの肉体さえ壊せば、苦しみから解放され、楽になれると思っているのだろう。
そなたには分からないだろうが、死ねばもっと恐ろしい苦しみの世界へ入っていかねばならないのだよ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも、大きくて深い苦しみである。そなたは、その一大事の後生を知らないのだ。

そしてお釈迦様は、すべての人に、後生の一大事のあることを、諄々と教えられた

愚かな考えをしてしまうことはあります。どうしても切羽詰まり、苦しみを背負いそこから逃れようとしたい時に、私たちはその苦の原因がなくなればと考えます。

しかし、大切なのはその苦しみを乗り越えていく力を養う事でしょう。

その支えとなるのが仏教です。

毎日晴れの日ばかりでない、雨の日も嵐の日もあるでしょう。毎日晴れの日ばかりにしてくださいとはこちらの勝手、願望であります。晴れの日も雨の日もどうか乗り越えていける心を養いましょう。

 

愚痴から感謝へ

やっと梅雨に入りました途端に雨ばかり。嫌な時期ですが、雨も恵みと受け取りましょう。

昔昔一人の老婦人が住んでおりました。

この老婦人は寝てもさめても、天を見上げては終始泣いていることから、「泣き婆さん」と呼ばれていました。

ある日のこと泣き婆さんの噂を聞きつけ、和尚さんが哀れに思い、その家を訪ねました。「あなたは毎日泣いているが、何がそんなに悲しいのか」

「私には2人の娘がいます。一人は傘屋に嫁ぎました。天気が良い日は傘が売れず辛い思いをしているだろうと考えるだけで、涙があふれてくるのです。もう一人は下駄屋に嫁ぎました。雨の日は下駄が売れず辛いだろうとまた涙が出てくるのです。」

和尚さんは微笑んでこう諭しました。「あなたの考えは正反対ですよ。晴れたら下駄屋の娘が喜んでいると笑い、雨が降ったら傘屋の娘が喜んでいると考えればどれだけ楽でしょう」それを聞いてから老婦人はニコニコ笑顔で暮らすようになりました。

まーこれは笑い話ですが、この中には重要なことがあります。人間は苦楽の世界に住んでいますが、苦しいことばかりしか考えられないと、地獄の世界に住んでいるのと同じです。

生きていくことは本当に辛いことが多いですよね。いつの間にか腰が曲がり白髪になって老いてゆくこと。

「朝起きて 夕べに顔は 変わらねどいつの間にやら 年は寄りけり」

いつまでも元気でいたいと願っていても、病気し、思うようにならないこの体を横たえている身の辛さ。

私達はそれでも、この悲しみや苦しみを乗り越えて生きていかねばならないのです

誰にだってあるんだよ、人に言えない苦しみが

誰にだってあるんだよ、人に言えない悲しみが

ただ黙っているだけなんだよ、言えば愚痴になるから(相田みつを)

愚痴の言葉から感謝の言葉に変えていきましょう。

一切皆苦

一切皆苦(いっさいかいく)と読みます。お釈迦様の言葉であり、文字通り読みます「世の中の全ては苦しみである」となります。苦しい時に発する言葉で、最後が「い」で終わる言葉があります。「つらい」「悲しい」「寂しい」「やるせない」「むなしい」「はかない」「苦しい」陰性感情の言葉はたくさんあります。その反対に陽性感情の言葉は「うれしい」「楽しい」・・・・とわずかしか思い浮かびません。

言葉一つと取り上げてみても、いかに陰性感情の言葉が多いか、やはり人生苦しみの方が多いといえます。しかし、仏教の苦しみとは「何事も思い通りにならない」という苦しみであります。それを受け入れる、「拝受」することが苦しみから解放されるすべなのです。

物事をあきらかにみつめていく。諦める事です。どうにもならない事をどうにかしょうとするから、苦を背負ってしまう。ありのままをしっかりと見つめていく。今まで自分に向かっていたベクトルを他者に向けていきましょう。

腰塚勇人氏の五つの誓いの詩です。

1.口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう。

2.耳は人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう。

3.目は人のよいところを見るために使おう。

4.手足は人を助けるために使おう。

5.心は人の痛みがわかるために使おう。

 

苦しい時はシクシク泣く 楽しい時はハッハッと笑う。

シクは数字に表すと、4と9 ハッハッは数字に表すと8と8

4×9=36  8×8=64  36+64=100

よくよく考えたなら 苦しみは36% 楽しみは64%であります。

楽しみが多い人生と受け取ってまいりましょう。

ありがとう

「ありがとう」

ありがとうと言われて怒る人はいないでしょう。ありがとうと言われたら嬉しいものです。依存関係が深いほど、ありがとうはあまり言いません。喩えるならば、小さい子どもが親にいろいろな事をしてもらう、それは当たり前だからです。

ありがとうの対義語はなんでしょうか?漢字でありがとうは「有難う」と書きます。有ることが難しい、稀である、稀有である。その反対語ですから「当たり前」になります。常日頃から当たり前だと思っているから、感謝の言葉「ありがとう」が出てこない。当たり前であってもそれを無くした人は「有難う」という言葉が出てくるでしょう。

“ありがたい”ということは、有ること難しということです。いまここに生きていることは、不思議なご縁によって生かされていることなのです。多くの方に 迷惑をかけ、支えられて生かされているのです。少しでもその事実に気づき感謝して生きる人間になりたいものです。現代人は自分の都合でしか見えないから、 ますます”ありがたい”"おかげさま”と思えなくなっています。

あるお婆さんが、孫に「食べ物を粗末にすると目が見えなくなるよ」と話した時、孫は、「お婆ちゃん、それは昔に言ったことでしょう。古い、古い。」と全く聞く耳をもたなかったそうです。
この目が見えなくなるということは、実際に肉眼の目が見えなくなるということではありません。それは、ご恩が、おかげが見えなくなってしまうことをいっているのです。いのちの事実が見えなくなることを教えているのです。

当たり前であることを少しでも感謝し、令和という時代を幸せな世の中にしたいものです。

 

御忌法要

法然上人の忌日法要を御忌(ギョキ)と呼びます。法然上人は正月25日に入滅されました。明治10年から、全国からの参拝者の便宜をはかって、気候の良い4月に変更されました。総大本山でのこの4月の御忌法要を勤めます。当山でも4月14日に法要を奉修します。

「恩」とう字があります。原因の「因」は「心」上に乘っています。「因」とは大きな風呂敷に大の字で寝てる姿を表し、安心してる姿とも言えます。この安心はどこからくるのだろうとそれに気づいていく。恩を知り、恩を感じる。それが知恩であり感恩であります。浄土宗総本山は知恩院、大本山百万遍知恩寺とどちらも恩の字がついています。これは法然上人のお弟子である勢観房源智上人が法然上人のご遺徳を偲び、ご恩に報いるために建立し、寺名を知恩寺、知恩院と致しました。

私たちは、恩を知り、恩を感じることはだれでもができることでありますが、恩に報いる、この報恩が大切であります。

「お父さんが湯からあがってきた、その後に私が入った。底を触ったら少し砂があった、私は黙ってはいっていた」この詩は小学6年生の斎藤和代さんの「風呂の砂」という詩であります。和代さんは風呂の砂の上に乗っかって、お父さんが汗水たらして、泥だらけになりながら、私を育てて下さっている。本当に有難いことだと、恩を知り、恩を感じ、恩に報いた。風呂の砂はだれもが汚いものであるが、和代さんは黙ってはいっていた。

恩は目には見えませんが、その事に気づくか気づかないかでは大きな違いがあります。阿弥陀様も目覚めよ、気づけよとお慈悲の光で私たちを照らしてくださっています。それに報いるためにも「南無阿弥陀仏」のお念仏を片時も離さないように心がけたいものです。

 

 

春彼岸

いい季節になりました、春。花粉症の人にとっては、いやな季節でございますが、入園・入学・就職とスタートの時期でございます。
春の語源は田んぼに水をハルから「春」、秋は田んぼの水をアケルから「秋」といわれております。陽気な季節、花が咲き乱れ人の心を和やかにしてもらえます。
トイレにも花が咲きます、さぁどんな花が咲くのでしょうか?
答えはスイセンです。(笑)

「スイセン」の画像検索結果

では、冷蔵庫で咲く花は?ヒヤシンス(笑)

「ヒヤシンス」の画像検索結果
またまた問題、大阪は水の都と言われております。この川は珍しい川で、2本流れています。何川と何川でしょうか?答えは向こう側とこちら側。
彼岸も向こう側とこちら側があります、向こう側が彼岸、極楽浄土を示し、こちら側は此岸、娑婆世界、私たちの住んでいる世界を表すのでございます。
彼岸とはサンスクリット語の「パーラミター」の漢訳で「到彼岸」を略した言葉であります。
此岸を離れて彼岸に到達することであり、私たちは迷い苦しみの世界から、安らぎの世界へ渡らせていただけるのは、自分の力では到底できません。法然上人は阿弥陀様のお力、他力本願にて彼岸へ渡らせて頂けるすべをお示し下さいました。それがお念仏、「ただ一向に念仏すべし」でございます。スタートがあればゴールがあるように、私たちはこのゴール、西方極楽浄土、彼岸を目指して、より一層この彼岸の時期にお念仏をお称えしたいもです。

言葉の大切さ

言葉や会話はとても簡単なことのようですが、悪気がなくても気づかないうちに誰かを傷つけることもあります。その反面、人を救うこともでき、癒すこともできます。言葉とは自分の考えや心を伝えるための重要な手段です。

言葉はお金がかからない、タダであるからといって、思ったことを次々に口にするのではなく、言葉の力を理解して、お金のように考えて使うことが大切であります。

震災での出来事ですが、市役所の人が必死でおにぎりを届けていました。そうすると、「おじいさん、おにぎりを戴きました。一つしか当たりませんから半分ずつ戴きましょう。有り難いことです。すみませんね」と老婦人が有難くそのおにぎりを受け取っていました。ところが、その隣の老夫婦の主人は、「今何時だと思うとるんや。夜中の十一時過ぎやぞ。わしら、朝から何も食べとらんで。水も飲んどらんのや。それなのに、こんな冷たいおにぎり一個か。お前ら、わしらに死ねというのか」と、物凄い剣幕でかみついていたのでした。

おにぎり一個という現実は同じでも、その人の心の持ち方ひとつで、ほのぼのとした温かさを感じる人もいれば、怒りをぶちまける人もいます。心は言葉に表れるといいますが、正に感謝の気持ちを素直に持てるか、心の中が自然と外に、表情に、言葉となって出てくるものです。

  たった一言が人の心を傷つける

  たった一言が人の心を温める

年頭に孫の笑いを土産かなぁ

明けましておめでとうございます。皆様にとって、実り多きより良い1年でありますよう祈念申し上げます。

「年頭に孫の笑いを土産かなぁ」小林一茶の句でございます。

現代人は「年頭に孫の土産はお年玉」ではないでしょうか。

また、こういう句もございます。「めでたさも 中くらい おらが春」小林一茶

中くらいは信濃の言葉で、あやふや、いい加減、どっちにもつかずという意味であります。この句の前にある文を読まないと一茶がこの句に込めた真意が見えてこないのです。「から風の吹けばとぶ屑家はくず屋のあるべきように、門松たてず煤(すす)はかず、雪の山路の曲り形(な)りに、ことしの春もあなた任せになんむかえける」

こんな文があって、この文の〈あなた任せ〉という意味が重要な役割を果たしている。ここでの〈あなた〉とは阿弥陀如来のことで、如来に全てお任せするという意味で使われています。要するに、弥陀任せのわが身であるから、風が吹けば吹っ飛ぶようなあばら屋でもあるし、掃除もしないで、門松も立てないで、ありのままで正月を迎えている。だから目出度いのかどうかあいまいな自分の正月であると歌っているのであります。

ある方は、正月だといって改めて何かしたことはなし、普段通りに正月を迎えています。日々〈今、誕生〉と新しい日を迎えているような感覚があって、正月だから特別に何かしなければならないと思ったことはなのです。それが良いのか悪いのか考えたこともないが、長年続いています。

「めでたさも一茶位や雑煮餅」  正岡子規

小林一茶は五十二歳で初めて妻を迎え、三男一女を授かりましたが、子どもたちが次々に亡くなるという不幸に見舞われました。
この句は、小林一茶の目出度さも中位なりおらが春をふまえているのは明らかであります。
新年を迎えてめでたいが、子どもが次々に亡くなるなどして、そのめでたさも大きなものとはいえない。それで「めでたさも中位」なのです。
子規も、新年を迎えてめでたいけれど、やはり自分の病気のことなどで、そのめでたさは大きなものとは言えなかったのでしょう。

身内が亡くなってしまう。お金がなくて住む場所や食べるものがない。不幸はそういう具体的なものですが、幸福は感覚的、気分的なものです。
幸せをいくら遠くに探しに行っても、見つかるものではありません。自分探しをするために海外に留学しても、本当の自分が見つかることなんてまずないでしょう。
身内と自分がそれなりに健康に日々を過ごしていて、住む場所や食べるものに困ることなく正月を迎えられる。幸せなことですよね。

元旦のテレビでは、初詣を終えた人に「今年は神様に何をお願いしましたか?」と尋ねるシーンが映し出されていました。
聞いてみますと、毎年同じような答が返ってきます。
「家族がこの一年健康でありますように……」
「今年こそは商売が繁盛しますように……」
「目指す大学に合格しますように……」
神社仏閣は自分の願いをかなえてもらうためにお参りするところと思っているようです。もっとも、お願いをする方も一日限りの信者ですから、そうそう神様や仏さまを当てにしている風でもなさそうで、願い事が聞き入れられなかったといって、詐欺罪で訴えたという話は、これまで聞いたことがありません。
確かに、初詣は、「お正月だから……」「皆がしているから……」という、ごく軽い気持ちで出かけているのだと思いますが、やはりこの初詣風景を見ていますと考えさせられます。また、そんな人間に迎合するように、「あなたの願い事をかなえてあげましょう」という神社仏閣が実にたくさん存在しています。
「これは一体全体どうなっているのだ!」と首をかしげずにはおれません。
年末には、新聞やテレビで「こうこういうご利益があります。初詣に出かけましょう」と大々的に宣伝する神社仏閣がありました。
残念ながら、「神社仏閣は願い事をかなえてもらうところ」と思っている人がいる限り、こうしたご利益宗教がなくなることはありません。
しかし、人間生きていれば、晴れの日もあれば雨や風の日もあり、嵐に出会うことだってあるのです。願い事をかなえて下さいというのは、雨や嵐の日をなくして晴れの日だけにして下さいということと同じなのです。ところがよく考えてみて下さい。
たとえ願い事が一つ満たされても、すなわち晴れた日がたまたまやってきたとしても、必ずまた雨の日や風の日がやってきます。
一つ問題が解決したと思えばまた一つ問題が起こる。それが私たちの人生なのです。
ですから、目先の晴れの日だけを願って、一喜一憂するような人生からは、決して真の安らぎは生まれません。
それより何より、そんな人間の都合の良い願いをかなえてくれる神さまや仏さまなどはいらっしゃいません。
そうしますと、雨の日や嵐の日をなくして下さいと神仏にお願いするよりも、雨の日であっても嵐の日であっても、それを受け入れて、そこから立ち上がっていく生き方を身に付ける方がよっぽど理にかなっています。
そうして、そのような生きる智慧というものを与えて下さる宗教が本当の宗教なのです。
「仏さまにこちらの願いを聞いてもらおうとするのではなく、私の方が仏さまのお心(願い)を頂いて生きなさい」とおっしっています。
南無阿弥陀仏は「晴れの日でも雨の日でも、あなたのことは必ず護ります。何があっても大丈夫ですから、私を支えにして、与えられた命を粗末にせず、この人生を精一杯歩みなさい」という阿弥陀さまの呼び声です。
「その呼び声に込められた阿弥陀さまのお心(願い)を頂くのですよ」とおっしゃっているのです。
そのお心(願い)を頂けば、目先の幸不幸に惑わされ、晴れの日だけを追い求めようとする我が心の浅ましさが自ずと知らされます。
そうして、「どんな日が来てもかまいません」と立ち上がっていく人生の智慧が恵まれるのです。
「雨がふってもブツブツ言うまい。雨の日には雨の日の生き方がある」とおっしゃっています。
雨の日があれば、「雨のおかげでこんな良い一日にしていただきました」と、しっかりと雨の日を受け入れ、そこに大きな恵みを見出しておられることがよく分かります。
まさに、真実の宗教に出会った方の人生の豊かさというものを窺い知ることが出来ます。
この一年もまた阿弥陀さまのお心(願い)を頂き、雨の日も風の日も、阿弥陀さまと共に歩ませて頂きたいものです。

 

 

 

 

八苦(五蘊盛苦)

住職の法話(五蘊盛苦)

五蘊盛苦(ゴウンジョウク)とは、心が受け取る五種類の機能が盛んになりすぎてしまう苦しみであります。蘊とは集まりであり、五つの集まりとは、色・受・想・行・織(シキジュソウギョウシキ)であります。五蘊は般若心経にも出てきます。色とは、本体であり、受は、感覚・知覚・印象であり、想は受け入れた感覚を思い出すことであり、行は意志と行為のことで、対象に積極的に働きかけることであり。織は物を認識し区別することであります。

喩えるならば、ここに女性がおられます。女性は本体、物質的な形、存在であるので、「色」になります。女性をみて素敵だなぁと感じる心は、感覚になるので「受」になります。その女性に恋心を寄せてしまう、感覚は何かと考えると、恋になるので、「想」になります。そして、もっと親密に話したい、食事を共にしたいという意思が働いて「行」になります。切ない想いを自覚する、己の中の判断を意味するので、「織」になります。私たちが生きている以上、様々な苦しみから逃れることなどできないわけです。その苦しみから逃れる、解放される道は、この六道輪廻から厭い離れることしかないのです。もう一度生まれ変わることのないように、お念仏をお称えし、この迷いの世界から解脱し、西方極楽浄土に往生することが、この苦しみから逃れる方法です。ただただ阿弥陀様の本願力を頂戴して、お念仏精進してまいりましょう。

 

八苦(求不得苦)

住職の法話(求不得苦)

求不得苦(グフトクク)とは、求めても得る事ができない苦しみであります。自分の思い通りにならないのが、苦の本質であります。欲しいものがあれば、人を押しのけてでも手に入れたい、そんな欲求が私たちの心の奥底に潜んでいます。一度手に入れたものでも、満足せずにまた他のものを欲しがります。欲とは底なしなのです。欲望とは次から次へと変わっていきます。

喉の渇きを潤すために、ビールが飲みたいなぁと思い、一杯、二杯と飲んでいくうちに、もうビールでなく他の飲み物が欲しくなります。満足度が低下するのです。だからこそ、一杯目のビールが最も美味しいといわれます。

京都龍安寺のつくばいには「吾唯足知」文字が刻まれています。この意味は「われただ足るを知る」貪ることをしない。満足を知る人は、不平不満の心を起こさないのであります。

幸せの「はひふへほ」

はー半分でいい

ひー人並みでいい

ふー普通でいい

へー平凡でいい

ほーほどほどでいい

 

欲張りすぎない生き方を是非とも実践してまいりましょう。

竜安寺

八苦(怨憎会苦)

住職の法話(怨憎会苦)

怨憎会苦(オンゾウエク)とは恨んだり憎んだりしている相手とも会わなければならない苦しみであり、「愛別離苦」とは真逆であります。

私たちは人との付き合いを、好きか嫌いか、苦手か苦手でないのか、損か得かで判断しています。

「嫌いな人がいるのではなく、嫌いだなぁと思う心が自分にある」

私には苦手、嫌いな人であっても、他の人からは好かれている人もいます。そんな自分の嫌な心を見つめて少しでも克服できるようにしましょう。

テレビドラマでも色々な人が登場してこそ、興味が湧き、視聴率があがります。それと同様に世の中も、よき人も悪しき人も各々が芝居を演じていると思えば自分にとって嫌な人も、これはただただ演じているだけなんだぁと思えれば、人との付き合いも変わっていくのではないでしょうか。

「人の心とこんにゃくの裏表はようわからん」

心には裏表があります。本当の自分はどんな心の持ち主か、こんにゃくの様にどちらが表か裏かわかりません。宗教とは自己を見つめて、どう進むべきか。み佛様のみ前、仏壇の前で手を合わせ、己を見つめてみてください。

この忙しい時代にゆっくりと自分を見つめ直し、自分自身を知りましょう。

八苦(愛別離苦)

住職の法話(八苦)

八苦とは愛別離苦(アイベツリク)・怨憎会苦(オンゾウエク)求不得苦(グフトクク)・五蘊盛苦(ゴウンジョウク) 前回法話の四苦を合わせて、四苦八苦。全部で十二の苦ではなく、八つの苦であります。

「出会いは、別れの始まり」という言葉があるように、私たちは必ず別れというものを経験しなければなりません。特に愛するものと別れなければいけない苦しみを愛別離苦といい、四苦八苦といわれる苦しみの中で一番辛い苦しみといわれます。

「しゃぼん玉」という童謡があります。これは野口雨情氏が作詞した歌ですが、この歌詞が作られた背景には、2歳の愛娘の死があるそうです。

「しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた 風 風 吹くな しゃぼん玉とばそ」

しゃぼん玉とは人間の命のことでしょう。この世に生を受け、屋根まで、つまりある程度のところまで命ながらえて生きることのできる人もいます。しかしながら永遠というわけにはいきません。いつかはこわれて消えるのです。そして2番の歌詞は特に娘のことを思って作ったのでしょう。娘が生まれて、本当に人生のスタートラインに立つかどうかのところで命が消えてしまった。「風、風、吹くな」とは偽らざる願いでしょう。しかし、ひとたび無常の風が吹きぬければ、命はなんともはかなく失われてしまう。その風は私たちの願いとは裏腹に、いつ吹くかもわかりません。私たちの命のはかなさを歌っているのがこの「しゃぼん玉」という童謡です。この詩と愛娘の死とは直接関係ないという説もありますが、幼くして亡くした子どもの偲んでこの詩を書いたのは明らかです。

法然上人のお言葉の中に、「会者定離は常の習い、今始めたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや。今の別れはしばらくの悲しみ、春の夜の夢のごとし」

会う者は必ず別れるということは、世の定めであり、今に始まったことでもありません。どうして深く嘆くことがあるでしょうか。今の別れは、しばしの悲しみに過ぎず、春の夜のはかない夢のようなものです。とおっしゃっておられます。

そんなことは頭でわかっていても、その現実を引き受けることはなかなかできません。ましてや自分の身にそんなことが起ころうとは誰も思っていないでしょう。

しかし、お浄土での再会を願わずにはおれません。「老いる事が楽しみになってきました」という子どもを亡くされたお母さんの言葉。我が子と会える日が一日一日と近づいてくる。老いる事が楽しみにお念仏をお称えして、お浄土での再会を念じたいものです。

一休禅師は信者さんから目出度い言葉を書いて欲しいと頼まれ、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」と書いて信者さんに渡すと、「何が目出度い言葉ですか、死が三つも書いてある」と怒りました。一休さんは諭すように「親が亡くなり、子どもが亡くなり、孫がなくなり、歳の順番に亡くなることほど、目出度いことはないのだ」と。順縁とは歳の順番になくなることであり、逆縁は歳の下の者から亡くなる。年齢順には亡くならないこの世の中、しかし、必ず亡くなることは確かであります。老後の事を考えるのも大切でしょう、しかし、老後が来るか来ないか不確定なことを考えるより、いつか必ず来る「死」を考えたいものです。

四苦

住職の法話(四苦)

「仏教をお開きになられたお釈迦様」

まずは仏教をお開きになられました、お釈迦様のお話をさせて頂きます。多くの部族国家が分立していた時代、北インドの小国、東西80キロ南北60キロ千葉県くらいの面積を治めていた釈迦族のシュッドーダナという王とお母様摩耶(マヤ)夫人の間にお生まれになられました。摩耶(マヤ)夫人が、出産のために実家に帰る途中、ネパールのルンビニーの花園で花に手を伸ばしたときに、脇の下から4月8日に生まれたとされています。紀元前463年もしくは565年という説もあります。なぜ脇という非現実的なところから生まれてきたのかと、大抵の人が思うでしょう。それは現在インドのほとんどを占めるヒンドゥー教の基になる、バラモン教が関与しているという説があります。

現在では法律上で禁止されていますが、インドにはカーストという身分階級制度があって、それは今でも根強く実態として消え去ってはおりません。カーストでは4つの階級があり、身分の高い順にバラモン(司祭)、クシャトリア(王族)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)という順であります。

そして重要なのが、バラモン教ではバラモンは神の頭(口)から、クシャトリアは脇(腕)から、ヴァイシャは腿(腹)から、シュードラは足の裏から生まれるとされています。そしてお釈迦様は脇から生まれたという。つまり、王族であるために脇から生まれたと考えられているのであります。

お生まれになって七歩 歩まれました。

これは大事なことを顕しております。仏教の思想、六道輪廻(ロクドウリンネ)(があります。

六つの迷いの世界。生まれ変わり死に変わり、堂々巡りしてきました。

車輪がくるくる回るように、回ってきました。

六つの世界とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上

六を超えて七の世界があります。

「天上天下唯我独尊」(自分という存在は、誰にも変わることができない人間として生まれており、この命のまま尊い)

シッタルダ太子が生れて七日後に母親がなくなり、妹のマハプラジャパティに育てられました。

19歳もしくは16歳でヤショダーラと結婚し、ラゴラが生まれました。 29歳で出家なさいました。

不自由なく暮らしていたシッタルダ太子でしたが、あるとき東西南北それぞれの城門から外出する機会がありました。その時に四つの苦しみ(四苦:生・老・病・死)を知ることになり、そのエピソードを四門出遊(シモンシュツユウ)と言います。

東門―老人を見る。西門―病人を見る。南門―死人を見る。北門―修行僧を見て、気高き姿に惹かれて、出家する決断をするのであります。

「生」の苦しみは、生まれてくる苦しみであります。インドでは身分制度があり、生まれながらに身分は決まっており、自分の力ではどうすることもできない。

「老」はいつか来ます。20歳までは成長である、それ以降は「老」である。「変わりたくても変われない、変わりたくなくても変わっていく。」これが人間の姿であります。自分を変えようとしてもそう簡単に変えれない、しかしまだまだ若くいたいなぁと思っていても変わっていくのがこの世であります。

立ち上がる時に掛け声をして立ち上がる方が居られます。力を入れる時に「ヨイショ」

もう少し年配になると「ヨッコラショ」と、そしてその先は「ヨッコラドッコイショ」皆様はどの掛け声でしょうか?

「病」は心の病と体の病があります。川柳に「高血圧 ニュース見るなと医者がいい」

「病院へこないあの人病気かな」病気になると医者が頼もしく、薬が有難いと誰もが思う事でああります。宗教も自分が必要な時だけ必要なのでしょうか?その考えでもいいのでしょうが、浄土宗のみ教えは平生が大切であります。毎日の日課、日々のお念仏であります。

「死」は必然であり、「生」は偶然である。誰もが決して避けて通れないのが「死」でああります。

しかし、お釈迦様を7つ目の世界をお示しくださったように、阿弥陀様は西方極楽浄土という世界をお建てになり、浄土宗をお開きになられた、法然上人は「ただ一向に念仏すべし」とお念仏申して、阿弥陀様のお他力を頂戴して、六道輪廻の世界から厭いはなれるすべを

私たちにお説きくだされた。

死とは残された人にとって永遠の別離ではなく、西方極楽浄土で再会できるという希望があります。そのための葬儀や追善回向が大切になってきます。

通夜は人生の卒業式、葬儀告別式は人生の入学式である。極楽浄土に入学する大切な儀式なのです。