住職からのご挨拶

説教姿座り

こんにちは。稱念寺第23世住職葭間弘淳です。

現代において多くの場合 宗教は亡くなられた方の

供養でしかありませんが、しかし本来は生きておられる方への

教えでもあったはずでございます。

気軽にお寺にお参りをして頂き、色々な活動を通じで繋がりが

広がればと思い、その為に霊場巡りや趣味展、写経会、

別時念仏会など様々な活動をしております。

私たちはあらゆるご恩の中で生かされています。

その恩をかみしめることが「おがむ」という事だと考えております

現代の私たちに欠けがちな、眼に見えないものへの

ありがたさを感じて頂ければ幸いです。

合掌

浄土宗の教え

浄土宗の宗旨

名称 浄土宗
宗祖 法然上人(源空) (1133~1212)
開宗 承安5年(1175年)
本尊 阿彌陀佛 阿弥陀如来
教え 阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、お浄土に生まれることを願う信仰です。
お経 お釈迦さまがお説きになった『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三部経をよりどころとします。

詳しくは「浄土宗」の公式ホームページをご参照ください。

浄土宗とは?

法事・葬儀のご相談

稱念寺では法事・葬儀のご相談を下記にてお承りしております。

お気軽にお問い合わせください。

電話(06)6772-3737

FAX(06)6772-3740

Mail:naionnzann-ashima@axel.ocn.ne.jp

菊

法事のご相談

法事とは亡き人を偲ぶ法要です。法事を通して、自分の命がいかに尊いか、また数多のおかげを頂きこうして暮らしています。

供養とは「供物養心」共に養う、何を養うのかは、それは感謝の心とおかげ様の心、自分を見つめなおす機会がご法事であります。

お法事を行いたいとお考えの方で、お寺とのお付き合いがないお方はどうぞご遠慮なく稱念寺までお問合せください。法要後座敷にてお食事(お斎)も可能です。

数珠

葬儀のご相談

人との別れほど辛く悲しいことはないでしょう。

私たちは過去からずっと悲しみを乗り越えて葬送の儀を行ってきました。

お釈迦様は愛する人とはいつか必ず別れなければならない苦しみ(あい別離べつり)があると説かれました。けれども浄土宗のみ教えでは「死」は永遠の別離ではなく、亡き人と西方極楽浄土で再会という希望ある世界が用意されているのです。

葬儀は故人との再会を確信する大切な儀式でございます。

葬儀の喪主を経験なさる機会は何度もございません。当山稱念寺では喪主様のご希望に沿いながら、葬送の儀をお手伝いさせて頂きます。

喪服姿で合掌する家族と祭壇の花

住職の法話

優劣

どんな立派な人でも全ての人から好かれることはなく、どんなに嫌われる人でも全ての人から嫌われる事はありません。

お釈迦様でさえ、当時の人たちの三分の一は知らず、三分の一は変な人  三分の一が尊い人だと称賛しています。

私たちは誰かと接した時に、自分よりも優れた人に対しては、妬ましくなり、自分よりも劣っている点を探そうとします。自分と同じレベルの人に対しては、自分の方が上だと思い、なかなか相手を認めず、自分より劣った人に対しては、明らかに自分のほうが上だと相手を見下す心が出てきます。

自分の方が上なんだと思う心を  「慢」「過慢」「慢過慢」の3の心で表します。

「慢」は自分より劣る。相手を見下す心 上から目線です。

「過慢」は同じレベルに対して自分の方が優れているという心です。

喩えるならば、我が子がテスト70点、友達も70点、同じ点数であるのに、うちの子はクラブ活動しながら、塾も行かずに70点。それに比べて、友達は塾に行きながらの70点。

同じ点数でも、中身が違う。うちの子の方が偉いと威張ってしまう心であります。

「慢過慢」自分より優れているのに、素直に認めることができず、相手の欠点を探して、私の方が上だと思う心であります。

仏教界でもみ教えの優劣がありました。しかし、法然上人はどの教えが素晴らしいのか、どの教えが劣っているのかではなく、我が身にふさわしいみ教えは何であるのか、我が身を見つめて自分にふさわしい信仰を歩ませる。それが口称念仏であります。

我が力で救われるのではなく、阿弥陀様の本願力で救われていく、これが他力念仏であります。すべての人々が救られる道、お念仏に励んでいきましょう。合掌

 

 

信心

信心はありますかと尋ねたら、「あるというわけでも」じゃー信心はないのですか?

「別にないというわけでも」じゃーあるんですか?「あるというほどでも」と、問答みたいな返事が返ってきました。

浄土宗の信心は何を信じるか。

第1 阿弥陀様を信じる

第2 西方極楽浄土を信じる

第3 お念仏を信じる

今から、250年前のお話ですが、山口県長門市浄土宗寺院西圓寺に法洲(ホウジュウ)上人という名僧がおられました。そのお方が法然上人のお言葉の一説が気になりました。 「本願に乗るずることは信心の深きによるべし」阿弥陀様の救いを頂けるのは、信心が深くないとダメだと言われるが、よくよく自分を見つめれば、自分の信心とは心もとなく、深くはない。この疑念を晴らすために

関東におられる関通カンツウ)上人にご相談に行かれました。 「法然上人は、お救いあずかるのは、その人の信心の深さの程度によるものだと申されています。ところで、私の信心というものは、正直に申せば、浮かんだり沈んだりしながら川の流れにただよっている浮き草のようなものです。有ると思えば無い、無いと思えばあるといった、はなはだ心もとないものです。私のようなものはどうなるのでしょうか。」

「あなたはまた何を考えていらっしゃるのですか。私の心も浮き草のようなもので、浮き草以外の何物でもないのが人間の心ですよ。そのために阿弥陀様がご苦労なさってお念仏を与えて下さったのじゃないですか。人間の心が浮きっぱなしであったとしたら、仏さまはいりません。沈むからこそ、阿弥陀様が、頼もしいのです。そんなことにくよくよする必要はありません。ただ、おおらかにお念仏なさいませ。浮けば浮かんだで、沈めば沈んだで如来様があなたに一番ふさわしい道を選んで下さっているのです。ただ、ただ、おおからにお念仏なさいませ」とお答えになった。

法然上人は人間が本来持っている心の内面を深く深く見つめた時に、心とは頼りにならないものであると気づき、自分自身にもその事を受け入れた。だからこそ、私たちには阿弥陀様が必要であり、お念仏によりこの身このまま救われていくのであります。信心のなさを嘆きながらも、お念仏をお唱えすれば、必ず極楽浄土にお救いくださります。合掌

人間の涙にはどんな意味があるのでしょうか。悲しくて流す涙、うれしくて流す涙、くやしくて流す涙、人はさまざまな場面で涙を流します。

今、東京オリンピックが開催されております。アスリートが流す涙も様々です。

日本選手の活躍、メダルラッシュで本当に喜ばしい事です。口々に感謝の言葉を述べる選手たち、そこには感謝の涙もあったでしょう。

今から百年以上も前、イギリスにファラデーという偉大な化学者がおりました。彼は研究のかたわら、大学で教べんをとっていたのですが、ある日のこと、化学科の学生たちの前に、一本の試験管をもって現れました。そして、学生たちに次のように尋ねたのです。

「実は、この試験管の中には人間の涙が入っているんだが、諸君、人間の涙には何が含まれているだろうか」学生たちは、涙と聞いて多少驚きながらも、そこは化学科の学生のこと、難なく答えました。「先生、それは大部分が水で、あとは塩分が少し入っています。

「よろしい。確かにその答えで間違いではないが、人間の涙というのは、ただそれだけのものだろうか。科学的にいくら分析しても、分析しきれないものが、人間の涙には含まれているのではないだろうか」と、学生たちに疑問を投げかけたというのであります。

涙は、いくら科学的に分析したところで、水と塩分に過ぎません。しかしその奥には、目には見えないが、尊いものが含まれていることを、ファラデー先生は教えたかったに違いありません。

目に見えるものと目に見えないもの。目に見えないものにこそ、光をあてましょう。合掌

継続は力なり

周利槃特(シュリハンドク)とは、お釈迦様の十大弟子の一人に数えられる方であるが、この人は物覚えが悪い人であった。
自分の名前も書けない。名前を呼ばれても周りの人から言われて自分のことだとやっとわかるほど。だから、お釈迦様の教えを聞いても理解できない。すぐに忘れてしまう。でも、悟りを求める心は人一倍あった。そして、わからなくてもお釈迦様の話をぼんやりと聞いているだけで彼は幸せであった。
周梨槃特は兄、摩訶槃特(マカハンドク)に誘われてお釈迦様の弟子となった。この兄は聡明であったが、逆に弟は一つの句さえも記憶できなかった。修行の作法や方法も覚える事ができず、何年も修行を続けるのだが、彼は自分の才能の無さに絶望し、教団を去ろうとする。しかし、お釈迦様の「 自らの愚を知る者は真の知恵者である」という言葉を聞いて思いとどまる。
でも、彼にはどの修行も無理であった。そこで、お釈迦様が彼に与えた修行は、掃除であった。一本の箒を与え、「 垢を流し、塵を除く」と唱えさせ、精舎を掃除させた。彼は一心に掃除をした。
何年もたったある日、周梨槃特はお釈迦様に「 どうでしょうかきれいになったでしょうか?」と尋ねた。

お釈迦様は「 駄目だ。」と言われる。どれだけ隅から隅まできれいにしてもまだ駄目だといわれる。周梨槃特はそれでも黙々と掃除を続けた。
ある時、子どもたちが遊んでいてせっかくきれいに掃除をした所を汚してしまった。周梨槃特は思わず箒を振り上げ怒鳴った。「 こら!どうして汚すんだ。」
その瞬間、彼は本当に汚れている所に気がついた。
それ以来、汚れが落ちにくいのは人の心も同じだと悟り、ついに仏の教えを理解して、悟りを得たとされる。そして、お釈迦様は彼が一生懸命に掃除をしている姿をいつも手を合わせて拝んだという。
20年間続け、その間お釈迦様に一度だけほめられた。「お前は何年も掃除しても上達しないが、上達しないことを腐らずよく同じことを続ける。上達することも大切であるが、根気よく同じことを続けることはもっと大事だ」

心はきれいになるか

周梨槃特はどのようにして心の掃除をしたのだろうか。次々と生じてくる心の塵や垢(煩悩)をどのように掃除したのだろうか。
まず思い至ることは、自分の心はきれいにしたと思ってもまた汚れることである。でも、これは掃除と全く同じなのだ。
私たちが掃除をするのは、汚すことを前提にしている。でも、どうせまた汚れるからといってほったらかしにはしない。それはなぜだろうか。
次に使う人のためとか自分の続ける意志を高めるためではない。掃除を続けることそのことが大事なことなのだ。心の垢を流し、心の塵を除くことをし続けること。これが周梨槃特の行ってきたことなのだ。
修行とはそのようなものではないのだろうか。何かだんだんと上を目指して階段を上がるような修行を考える人もいるのかもしれない。しかし、周梨槃特のように、汚れたらまた掃除をするということは、私たちの生きる姿を表わしてはいないだろうか。

法然上人は「 愚癡に還って極楽に生まれる」といわれた。
私たちは何もできない、いやどうしょうもない自分がいるとわかれば、頭が下がり自然と手が合わさり、お念仏をお唱えすることができ、救われていくのです。合掌

人生とは車である

人生を色々な物事に喩えることがありますが。その1つに車に喩えることができます。

この人生の車は、運転を代わってもらうこともできません。
もちろんあなたが 他人の車を運転してあげることもできません。

自分の人生は、苦しみも楽しみもすべて自分自身が引き受けていかなければなりません。
誰にも代わってもらうことが、できないのです。
普通の車には 前進ギアとパーキング、そしてバックギアが装備されていますが、あなたの人生の車は、前進のみで バックギアはありません。あの時、こうすればよかったと思っても やり直しはききません。
その時 その時の「今」しか 生きられないのです。
また明日やればと言っても、今日をやり直すことはできないのです。今日 通った道は もう二度と通れないのです。ただ、やり直しはできなくても、「見直す」ことはできます。
二度とない 「今の景色」を楽しんで下さい。

調子よく走っているつもりでも、ガス欠やエンジントラブル、それに事故などに遭えば、直ちにその場で エンジン停止です。
布団の中で寝ている間もエンジンは、休むことなく、ずっと回っています。(アイドリング状態)
ところが、どうやら あなたの車には燃料計がついていないようです。
つまり、燃料が あとどのくらい残っているのか わかりません。
いつエンジンが停止するか わからないのです

まだ30年しか 走っていないから、あと50年は走れる…
とんでもありません。最初に燃料がタンクにどのくらい入っていたのかも 定かでありませんから、燃費から可能走行距離を推測することもできません。
普通の車には 燃料の残量がすくなくなると警告灯が点きますが
あなたの車は、出会っている人とは、これが最後の出会いかもしれません。
もし、また会えたら、それはとても「有ることが難しい」…有難いことなのです。あなたの車には 警告灯も ないようです。

このようにいつ何時何が起こるかわからいのがあなたの車であります。

普通の車にはトラブルに遭った時には、安心の為に保険を掛けておられます。

あなたの車にも是非とも保険を掛けて頂きたいのです。

その保険とは「お念仏」であります。

法然上人のお歌に「露の身は ここかしこにて消えぬとも 心は同じ花のうてなぞ」

この世は無常でございます。人の命も朝露の如くはかないものであります。いつどこでどのようにして、この命が終わるかもわかりません。

しかし、お念仏を唱えていれば、必ずお浄土に生まれさせていただき、蓮のうてなの上で、再会することができるのであります。

阿弥陀様は極楽浄土という世界を作られ、私たちはお念仏を申したら、どのような者でもお慈悲により救いとって往生させていただくのです。

死んだらしまい終わりではない世界が用意されているのです。合掌

 

 

選択の自由

家庭環境が劣悪な中で育った、双子の兄弟がいました。兄は父親と同じように酒浸りで、仕事も続かず堕落した生活を送っていました。

ある人が彼に質問しました。「なぜあなたは、こんな人生を送っているのですか」

そうすると彼は「あんな家庭に育った私は、こんな人生しか送れなかった」

弟の方は、仕事も順調であり、幸せに暮らしておりました。

ある人が同じように弟に質問しました。そうすると弟の答えは「あんな家庭に育ったから、私はこのような人生を送れた」

双子の育った環境や遺伝子は同じであり、似たような人生を歩んでも不思議ではないのに、全く違った人生を過ごしています。

父親の姿を見てきて、これではだめだという反面教師としてとらえたのか、その選択は自分自身にあります。

物事をどうとらえるのか、またどう対応するのかは本当に大切な事です。過去から学び、未来を見据えて行動し、想像力を働かせる。自覚という言葉を今一度考えたいものです。

コロナ禍での行動を一人一人がどう自覚するのかが未来を決めていきます。合掌

てんしの妹

第10回「いつもありがとう作文コンクール」(2016)で最終優秀賞を受賞した、新潟県柏崎市の松橋一太(まつはし いった)くんが書いた作文「てんしのいもうと」を紹介させていただきます。

僕には、てんしの妹がいます。

夜中、僕は、お父さんと病院の待合室に座っていました。隣にいるお父さんは、少しこわい顔をしています。いつも人でいっぱいの病院は、夜中になるとこんなに静かなんだなあと思いました。

少したってから、目の前のドアが開いて、車いすに乗ったお母さんと看護師さんが出てきました。

僕が車いすを押すと、お母さんは悲しそうに、歯を食いしばった顔をして、僕の手をぎゅっと握りました。

家に着くころ、お空は少し明るくなっていました。

僕は1人っ子なので、妹が産まれてくることがとても楽しみでした。お母さんのお腹に妹が来たと聞いてから、毎日、ぬいぐるみでおむつがえの練習をしたり、妹の名前を考えたりして過ごしました。

ごはんを食べたり、おしゃべりしたり笑ったり、公園で遊んだり、テレビを見たり、いままで3人でしていたことを、これからは4人でするんだなあと思っていました。

でも、春休みの終わり、トイレでぐったりしながら泣いているお母さんを見て、これからも3人なのかもしれないと思いました。さみしくて、悲しかったけど、それをいったらお父さんとお母さんが困ると思っていえませんでした。

ぽかぽかの暖かい日、僕たちは、善光寺さんへ行きました。妹とバイバイするためです。初めて4人でおでかけをしました。

僕は、妹が天国で遊べるように、おりがみでおもちゃを作りました。

「また、お母さんのお腹に来てね。今度は産まれてきて、一緒にいろんなことしようね。」
と、手紙を書きました。

僕は、手を合わせながら、僕の当たり前の毎日は、ありがとうの毎日なんだと思いました。

お父さんとお母さんがいることも、笑うことも、食べることや話すことも、全部ありがとうなんだと思いました。

それを教えてくれたのは、妹です。

僕の妹、ありがとう。

お父さん、お母さん、ありがとう。

生きていること、ありがとう。

僕には、てんしの妹がいます。

大事な大事な妹がいます。

 

 

*1年生でここまで両親の気持ちを汲むことができるのは、本当に素晴らしいお子さんです。現代はネットで自分の思う事、考えている事をストレートに表現できる時代になりましたが、はたして、他者を傷つけてはいないでしょうか。善光寺に参拝して、み仏様に手を合わせて、妹の為に純粋な気持ちで拝まれたことだと思います。今までの生活が当たり前であったが、妹を亡くして、この当たり前から有難うという事に気づかせていただいた。

感謝の気持ちを忘れずに生きていれば、本当の幸せを得る事ができるでしょう。家族の死に対して、私たちはそこで何を得るのか。色々な事に気づかせていただきたいものです。

無碍の道、お念仏の道をただ純粋に歩みたいものです。合掌

 

独り占め

現代人はお互いに、俺が、俺が、と自我一辺倒で、相手の
立場に立って考えるということを忘れているようです。
その結果、政治も教育も道徳も救いようのない腐敗、混迷、
堕落を招き、人を批判することばかりで、閉塞感のある社会になっています。
ある少年のお話です。

少年には弟がいます、いつも弟とピザを分けて食べるので、少年の夢は1人でピザを食べることでした。

ある日のこと、弟と母親が買い物に出かけた留守に自分の小遣いでピザを宅配してもらいました。

「やったピザだぁ、これで独り占めできるぞう」夢が叶った瞬間でした。

少年はピザを食べながらふと思ったのです。

「何か違う、いつものピザではない、なんでこんなにおいしくないのか」

そう思いながらピザを食べておりました。その時、弟が帰ってきました。

「わぁ、兄ちゃんピザだぁ、おいしそう」

「こっち来て一緒に食べよう」兄弟仲良くピザを食べました。そうすると

「美味しい、いつものピザの味だぁ」

そこには分け合う幸せがあるのです。独り占めが幸せだと思っていたが、弟の笑顔を見ながら食べるピザほど美味しものはないのです。

 

うばい合えば憎しみ 分け合えば喜び

奪い合えば不満 分け合えば感謝

奪い合えば戦争 分け合えば平和

奪い合えば地獄 分け合えば極楽

 

全てのことが平等にはならない事の方が多いかもしれません。

しかし、宗教は分け隔てなく、ただただ、阿弥陀様の救いを信じて、お念仏をお唱えすれば、どのような者でも救っていただける有難いみ教えでございます。合掌

四天王寺

私が小さい頃の遊び場であった四天王寺のお話をさせて頂きます。

四天王寺は聖徳太子によって創建され、仏教精神に則り、庶民救済の為に、「四箇院(しかいん)」とよばれる、敬田(きょうでん)院、施薬(せやく)院、療病(りょうびょう)院、悲田(ひでん)院の施設を造られた。仏法修行の道場である「敬田院」、病者に薬を施す「施薬院」、病者を収容し、病気を癒す「療病院」、身寄りのないものや年老いた人たちを収容する「悲田院」の四つで構成されています。現代の社会福祉施設が今から1430年前にあり、今も四天王寺にはその精神が受け継がれております。

法然上人は文治元年(1185)51歳の時に、慈円僧正に招まれ西門の辺りで念仏を唱えて日想観(にっそうかん)を修されています。
その地には念仏三昧院、念仏堂と呼称される堂宇が建立され、荒廃した後は鳥羽法皇の御誓願により短声堂・引声堂として再建され、それも昭和の戦災で焼失した為、現在は阿弥陀堂を法然上人二十五霊場と定めています。

 

高僧に高野の明遍上人という方がおられました。
この方は「法然の言うことも尊い所はあるが、念仏一行の選択はあまりに偏った見方である」と法然上人をののしっていたお方でした。
ある晩、明遍上人の夢の中に四天王寺西門が登場します。
西門の周辺には、親にも、兄弟にも、妻子にも見捨てられた重病人が幾人も横たわっています。
そこに墨染の衣を身につけた聖がたった一人で向かっていき、病人の口元へ小さな貝ですくった重湯を施しては看護し、静かに拝んでいきます。
その姿が実に尊く、通りがかった人に「あの聖はどなたですか」と尋ねると「法然上人です」との応えでした。
明遍は驚いて目を覚まし
「今まで法然上人は、偏っていると思っていたが間違いであった。病人にご馳走を出しても何の役には立たない。重湯こそが必要である。同じように、私が説いてきたご馳走のようなお釈迦様の教えも、相手に合わなければ、何の役にも立たない。念仏こそが病む人の為の教え、重湯である。」
と深く反省し、法然上人を師と仰いで、空阿弥陀仏と名を改めて、念仏に励んだということです。
み教えは大切であり、有難いことですが、誰もが修することができなければ、絵にかいた餅になります。庶民救済の精神、全ての人々が救われる道、お念仏を実践してまいりましょう。合掌

*日想観とは、太陽が沈む時に西の方角に向き、心を落ち着けて落日をじっくりと見ます。やがて太陽は沈み、辺りに静寂と夕闇が訪れますが、そこにまだ太陽が明瞭に見えるように、観想することを言います。
この際、目は閉じていても開いていても構いません。そこに太陽をありありと感じることが大切です。この修行法は、極楽浄土を見る修行で、観無量寿経に記されています。

 

 

 

迷い

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

私たちは色々な事で迷います。どちらを買うのか、どれにするのか、どの道を行くのかまたは、誘われて行くのか行かないのか。あらゆることで、悩んだり苦しんだりします。

迷えば迷うほど、選ぶことに躊躇します。

せっかく誘われたことを無碍に断るのは相手に対して悪いとの思いから、本当は行きたくないという思いがあるのに、「考えとく」と返事をし、約束の日が近づいてきても決断できないでいます。さんざん迷ったあげくに、断ってしまうことがあります。迷った結果の末に断ったのだから、仕方ないことだと自分に言い聞かせ納得させます。

このように相手への配慮から、初めから断ればいい事を、迷い悩みます。

抱えるものが多くなるほど、決断することに慎重になり、いろいろな意見を聞けば聞くほど、迷い悩みます。

 

迷うと言えば、「幽霊」もまたこの世を迷っています。

 

幽霊の姿に3つの特徴があります。

1.髪の毛が長い

「後ろ髪をひかれる想」という言葉があるように、過去に対して執着がある。

2.足がない

「地に足がついてない」という言葉がるように、あっちふらふら、こっちふらふらとしている状態。

3.手は前にだらりとしている

前方に不安があることから、手探り状態を表しています。未来に不安があるということです。

上記のように迷っているのは幽霊だけではありません、私たちも迷っています。

この私たちを導いてくださるのは、阿弥陀様しかおられません。阿弥陀様が、目覚めよ、気づけよとお慈悲の心で働きかけてくださっています。そのみ心に応えるが如く、本年もお念仏をお称えしてまいりましょう。

過去にこだわらず、明日に迷わず、ありのままの今を生きてまいりましょう。合掌

寒苦鳥

「閑古鳥(かんこどり)が鳴く」の閑古鳥がカッコウの別名だと知っておられたでしょうか。
閑古鳥は想像上の鳥くらいに思っていた方もおられるでしょう。
カッコウは、人里離れた寂しい場所で鳴く習性があるところから、「カッコウが鳴いている場所は、寂しい場所」となり、「閑古鳥が鳴く」の慣用句ができたそうです。
さて、「閑古鳥」に似た名前で、「寒苦鳥 かんくどり(または、かんくちょう)」という名前の鳥がいます。
こちらは想像上の鳥です。
インドの昔話です。
あるところに雪山があり、そこには一匹の鳥がいました。
鳥は遊ぶのが大好きでした。
日中は雪山でもそこそこに日が照り暖かいので鳥は一日中、他の鳥や虫たちと遊びまわっていました。
ところが夜になると雪山は一気に冷え込みます。
「寒いよぉ、寒いよぉ。」
巣のない鳥は雪の中で凍えます。
そして、そんな中で鳥は決心するのです。
「よし、朝日が昇ったら、頑張って木々を集めて温かい巣を作ろう!!」
夜があけました。
朝日が昇り、あたりの気温が上昇してきました。
それにともない他の鳥たちや、虫たちも起き出してきます。
そして、それらの動物たちや虫たちは輪になって遊びはじめます。
その輪の中にはあの鳥の姿が…。
昨夜の決心はなんとやら。
なんと鳥は巣をつくることを忘れて遊びふけるのでした。
そしてまた一日が終わり、雪山の夜が来ます。
「寒いよぉ、寒いよぉ。」
鳥は吹きざらしの中で、一晩中震えるのでした。
そしてまた巣を作ろうと決心するのですが、朝になるとやっぱり遊びます。
結局この鳥はこうして一生をむなしく過ごしました。
寒苦に泣いて決心し、寒苦を忘れ遊ぶ。これを繰り返し続けるこの鳥は「雪山の寒苦鳥」と呼ばれるようになりました。
人間でもやっぱりこういう所ありますよね、人間の怠惰心。
誰が言ったか、「明日やろうは、馬鹿やろう」とは上手い言い方であります。
大切なのは、日々の一歩一歩の積み重ねであります。

お念仏も、日々何編念仏を称えるという日課を決めて、その日その日を大切にして頂きたいものです。

命日

亡くなっていかれるあらゆる方が、あとに残りました者に、必ず残して下さるものがございます。それが「命日」でございます。

なにげなく使っておりますこの「命日」という言葉ですが、字を見ますと「いのちの日」とあります。文字どおり、自らの命をかけて、私たちに残してくれた「いのち」、あるいは生きている、いや生かされているということを確かめ考える大切な日でございます。

私たちは、命のリレーがあってこそ、こうして生活をさせていただけるのであります。

言うなれば、ご先祖様のお陰であります。

「綺麗な花が咲きました 見えない根っこのお蔭です」

毎日毎日、目の前のさまざまなことに振り回され流されている私たちですが、それを一番根っこのところで支え、私が私として生きることを成り立たせている大きないのちの働きが確かにあるのだと、そしてそのいのちの働きの中に私たちが生かされており、見えない根っこに気づかせていただきたいものです。いのちの花が咲いているのは、ご両親や、数多のご先祖様があってのお蔭なのです。

「見えなくても お花を供えたい 食べなくても 美味をさしあげたい 聞こえなくても 話したい 見えざるものの 真心は美しい」

この詩の様に、綺麗な花や故人がお好きだった、お供え物をお仏壇にお供えします。ご先祖様を想う感謝の表れが日々の仏壇のお給仕であり、墓参りでもあります。

当山のお檀家さんで、五十年以上連れ添ったご夫婦のお話をさせて頂きます。奥様が認知症になられ、旦那様が介護をなさっておられました。ある時、奥様がポツリと話された言葉が今も忘れられないそうです。

奥様が「私が生きてたら、お父さん幸せになられへんね」と言ったのです。

「なに言うてんねん、今も幸せだし、自分の体のことだけ考えたらええから、安心して」と答えたそうです。その後、奥様はお亡くなりになられました。

「妻を本当に幸せにしてやれたかどうか心もとなく、もう少しこうしてあげたかったと後悔は尽きません。でも、お念仏があるので、必ず極楽浄土で再会できる、その日を楽しみに支えとして、希望を持って生活して行きます」と明るくお話して下さいました。

それからというもの、より一層お仏壇に毎朝毎晩お念仏を称え、奥様のお好きな物をお供えし、お花も絶やすことなく、命日には私がお参りして共にお念仏回向致しました。これが日々の追善供養であり、また追善回向でもあります。

ご法事も追善供養、もしくは追善回向になります。亡き人に対して、善い行いを回し向けることであり、言うなれば、善根功徳のお裾分けであります。浄土宗では何よりもお念仏が最高の追善になります。お仏壇を中心とした生活を心がけ、お念仏をお称え下さい。

たとえ目には見えなくてもこの自分をしっかりと支えてくれている確かな存在に気づき、極楽浄土も目には見えないからといって無いとは限りません。必ず西の彼方に極楽浄土はあるのです。南無阿弥陀仏とお念仏をお称えするものは、どのようなものでも極楽浄土に救い取ると阿弥陀様の願いを信じ、極楽浄土を信じ、念仏に励んでまいりましょう。

合掌

捨てる勇気、捨てきれない執着

「捨てきれない 荷物の重さ まへうしろ」       種田 山頭火

山頭火の俳句に「捨てきれない 荷物の重さ まへうしろ」があります。

山頭火は明治15年、山口県の大地主・種田家の長男として生まれました。学業優秀で、早稲田大学文学科に入学したが神経衰弱のため退学し、帰郷。結婚して子供もできたましたが、実家の種田家はその後没落してしまいました。また、10歳の頃に母親が自死、不幸も重なり、酒に走りアルコール中毒になってしまいます。

ついに妻からも離縁されてしまいます。その後、縁あって42才の時に曹洞宗の僧侶となり、托鉢をしながら俳句を極めるための旅を続け59才で人生を閉じられました。

山頭火の昭和5年11月の日記に「荷物の重さ、いいかえれば執着の重さを感じる、荷物は少なくなってゆかなければならないのに、だんだん多くなってくる、捨てるよりも拾うからである」とあります。
山頭火が捨てようとしていた物は何なのか。持ち物は、着物、鉄鉢、網代笠、杖。最低限の物しか持っていなかった。

托鉢でもらったわずかなお金は大好きな酒代にあっという間に消えていきました。捨てようとしていたのは、「執着」。それは、不幸な出来事の数々、あるいは、失敗の元である酒を断てない情けなさ、そういったもやもやしたものを捨て去りたいができないというやるせなさではないでしょうか。

私たちは、自分を見つめたら、捨てきれない荷物で一杯であります。

大切な貴重な宝物の様な荷物もあるでしょう。忘れてしまいたい荷物もあるでしょう。

また、この荷物はだれにも見せる事ができない、墓場まで持っていく荷物もあるでしょう。

持っている荷物の重さに押しつぶされ、耐えれなくなり、この身を投げ捨ててしまおうと考える人もいるでしょう。

この苦しみから逃れるためには、死んでしまったら楽になれる、死んだ方がましだ、生きてても意味がないと・・・・・・

なかなか荷物を捨てる事ができないのが、この私たちです。

煩悩まみれであり、日々荷物が増えている、それではいけないと思ってもすぐに元に戻ってしまう。

法然上人は、どんな愚かな者でも、阿弥陀様はお念仏を称えすればお救いくださるとお示し下さいました。私たちはそのみ教えを信じ、自らの愚かさを日々省み背負っていかなければいけない荷物を少しでも軽くする為に、み仏様と対峙して、お念仏の生活を送ってまいりましょう。

「死にたいこともあったけれど 生きていたからよかったね ここで こうして こうやって 不思議な不思議なめぐり合い あきらめなくてよかったね」 やなせたかし

自分さえ良ければいい

 

「自分さえ良ければいい」という疚しい心がどこかに潜んではないでしょうか?

利己主義が蔓延し、相手の立場になって考えてみる事がおろそかになってきています。

 

お釈迦様の法話の中に、「目の不自由な人と提灯」という話があります。

インドに目の不自由なAさんがおられました。ある日、Aさんは久しぶりに友人Bさんの自宅を訪れ、話に花を咲かせて、気付くと外は真っ暗になっていました。

Bさんは「夜道は危ないから」と言って提灯を持たせようとすると、Aさんは「目の不自由な私に提灯なんか要るはずがない、冗談はやめてくれ」と怒りました。するとBさんは「貴方は要らないと思うが、相手の人がぶっかってくると危ないから持っていきなさい」そう言われてAさんは提灯を持ちながら帰宅されたというお話です。

自分に不要なものでも、相手には必要なものがあります。心に灯す優しさが必要であります。

この心を育てるには、仏様と向き合うことです。仏壇の前に座り、お燈明、お線香、お水、お花、お供えを施し、布施行をすることにより、自分に向いている欲を外に向けてまいりましょう。そうする事により供養の心、共に優しい施しの心が養われてまいります。

浄土宗のみ教えはただひたすらに念仏をお唱えすることです。阿弥陀様と向き合い、仏心を養ってまいりましょう。合掌

死の縁

私たちは明日をも知れない日々とは思わないでしょう。明日も生きていると思っております。

しかしこの災禍の中、新型コロナウイルスに罹られ、今まで元気だった方が急に亡くなられることもあります。

近所のお寺のお檀家さんで、80代の男性がコロナウイルスに罹ったそうです。もしもの事がありましたら、よろしくお願いしますと、か細い声でお寺に連絡を入れて入院なされました。

それから1ヶ月程が経ち、回復され元気になられたそうです。ご自宅にお参りに行かれた時に、「おっさん本当にコロナに罹った時にもう命がないものかと思っておりました、しかし、このように元気にならせて頂いて本当に有難いことです。」

「あの時はどうなることか心配でしたが、無事に退院できてよかったですね」

「はい。皆さんのおかげでこうして無事に生かされました。いつもよりお念仏の数も増えました。有難い事です。もうこれでマスク無しにどこでも出かけることができます。ハハハ」

「抗体ができ、怖いものなしですね」と、このような会話をなされたそうです。

 

法然上人のお弟子であり、浄土宗二祖聖光(しょうこう)上人のお言葉に「人の命というのは儚いものであるから、出る息が入る息を待たずに死ぬ事もあり、入る息が出る息を待たずに死を迎える事もある。だからこそ普段から阿弥陀様に救いを求めて南無阿弥陀仏と申すのだ」とおっしゃっております。

「死」はいつわが身に襲ってくるか誰もわかりません。しかし、誰もが死から逃げることはできないのです。

「死」とは悲しく辛い事です。しかしよくよく考えたならば「死」そのものが悲しく辛い事ではなく、「死」によっての別れが悲しく辛いということではないでしょうか。二度と亡き人と会えない寂しさが「死」に対しての辛さを表しています。

浄土宗のみ教えは、お念仏をお唱えすることにより、必ずどんな人でも西方極楽浄土に阿弥陀様は連れて行ってくださいます。いつ「死」の縁が来ても、阿弥陀様に救いを求めて、南無阿弥陀仏とお念仏をお唱えしていれば、極楽浄土で再会できるのであります。

亡くなっても再会の地が約束されている、そのことこそが、怖いものなしではないでしょうか。合掌

 

三宝

新型コロナウイルス感染症の対策として

1.密閉空間(換気の悪い密閉空間である)
2.密集場所(多くの人が密集している)
3.密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)
という3つの条件が同時に重なる場では、感染を拡大させるリスクが高いと考えられています。感染拡大を防止するためにはこの「三密(サンミツ)」は避けるべきものですが、一方、仏教では大切にして頂きたいのが「三宝(サンボウ)」です。三つの宝とは、「仏」「法」「僧」の三つであります。

仏様とは「明るい」阿弥陀如来様は金色であり、無量光という別名がある様に、どんな所にいる者でもお慈悲の光明に照らされている。ただ、我が名(南無阿弥陀仏)を呼ぶ者だけを照らして下さるのです。

次に、法とは「正しい」世の中の法律は時代と共に変化するが、仏のみ教えは永遠に変わることがない、だから正しいのでございます。

僧とは「仲良く」僧侶を和合衆(ワゴウシュウ)と申しまして、集団生活し、修行をします。仲たがいしておりましたら、修行ができません。気が合う合わないという感情抜きに生活を共にするのです。ですから、三宝とは「明るく・正しく・仲良く」この三つを大切にしていく事であります。家庭に置き換えるならば、明るい家庭は、お互いに意見を言い合い、悩みを打明け、相談するので、正しい家庭になる。そして、正しさの中に平和がおとずれるので仲良くなる。仲良い家庭は明るく会話する。すべてが連鎖をおこし、繋がっていきます。温もりのある家庭環境や、いがみ合いを無くす世の中になってもらいたいものです。

ネット社会では安易に誹謗中傷が匿名で行われます。意見を伝えることは大切ですが、そこには思いやりのある言葉で話し、顔がみえないからこそ、相手に思いを寄せていきましょう。合掌

 

 

みんなでするとプラスになる

フランスの貧しい村のお話です。

その村にある教会に長い間おられた牧師が他の村へ移り住む事になりました。
長年お世話になった牧師に対して、村人たちは何かお礼をする事になり、相談しましたが、貧しい村なので、贈る物がない、お金がない。

そこで、村長は、村人全員に対してワインを一杯ずつ持ちより、樽に詰めてこれを感謝の品と考えました。
村の真ん中に樽を置き、村人全員が樽にワインをそそぎました。
ワインで満たされた樽を贈られた牧師は感激し、その村を離れたのです。
新しい赴任地に着いて、この牧師はワインを飲もうとして驚きました。
なんと、ワインが真水に変わってしまっていたのです!
驚いた牧師は、この不思議な出来事を前の村の村長に伝えます。
連絡を受けた村長は、原因を調べるために村人たちに話を聞いてみると。
この村人たち、「自分ひとりくらいならバレないだろう」と考えて、全員がただの水を樽にそそいでいたのです。
自分だけだと思ってやったことをみんながやるとプラスのものがゼロになってしまうのです。

協力しなくても、大丈夫という考えではなく、一丸となり物事にあたると大きな力になります。
誠実さ、素直さ、正直者が報われる世の中であって欲しいものです。

新型コロナウイルスで自粛が続いています。皆さんの力をひとつにして、この難局を乗り越えたいものです。

仏さまは、皆さんの行動を、見てござる、知ってござる、聞いてござる。
今月があなたにとって、よい月でありますように。合掌

 

合掌

キリスト教も神道も両手を合わせて、礼拝したり、祈ったりします。

浄土宗の合掌は堅実心(ケンジツシン)合掌といいます。

堅はたしかにとか、かたいですから間違いのない、確かな合掌

今だけではない一生涯私たちは念仏申しますというかたい約束を表します。

また、実はかわらない、中身がしっかりしているという意味であり、うわべだけではない、真実がちゃんと備わっています。

右手が仏様 左手が私達と言います。

「右仏、左衆生と合わす手の 内ぞゆかしき南無のひと声」

宗教は合掌からはじまります。日常生活では右手と左手は同じ手でありながら、役割は別々であり、違った動きをします。食事の時は右手で箸を左手ではお茶碗を

字を書く時は 右手でペンを左手では紙を押さえます。

合掌は同じ動作をいたします。堅実心合掌の意味を理解して、合掌していただきたいものです。合掌

法然上人のみ教え

宗教とは大別して、悟りの宗教と救いの宗教があります。

法然上人は、内心を問うてみると、己の力ではどうしても悟れない、仏教の基本的修行の三学(戒・定・慧)を極める事が何一つできないこの私がいると、かねがねおっしゃっておられました。この自覚こそが、念仏者の出発点であります。阿弥陀様の本願を信じて、念仏により救われていく。救いの宗教を求め、そして、「凡夫」のための宗教を法然上人は確立させ、凡入報土(凡夫が阿弥陀様の極楽浄土に往生すること)のみ教えをありがたく頂くのであります。そのご恩徳に報恩感謝の誠を捧げたいものです。

 

毎年4月第二日曜日は7ヶ寺での御忌(ぎょき)法要(法然上人のご恩徳を偲んでする法要)を勤める予定でしたが、新型コロナウイルスにより、残念ですが、中止となりました。

 

素直に

『涙』

仕事一本 ガンコな父 名前で呼ばれたことも なかったから

必要以上 会話すらない そんな関係である

ある警察官は 僕の父に質問をしました

「子どもを漢字一文字でたとえるとなんですか」

まっ白な紙に 大きく 大きく 書かれた文字は 「宝」でした

そのとき ぼくは おさえられない なにかを感じました

数秒後には キレイな 涙が流れていました

 

奈良少年刑務所で、詩の授業があり、受刑者たちの詩集「世界はもっと美しくなる」の中に書かれている「涙」というDくんの詩です。

なにも書くことができなかったDくんが、3回目の詩の授業で「涙」という作品を出されました。

心の内を素直に見せる事ができなかったのでしょう。2回目までの授業では心を閉ざしていたから、詩が書けなかったのではないでしょうか。3回目には見違えるほどの素敵な詩を書かれた。心が解放された瞬間であります。

親はいつまでも子どもの事を案じている、そしてどんな悪いことをしていても見捨てない、宝物として、我が子を見ている。

阿弥陀様も必ず見捨てぬぞ、だからこそ我が名を呼べと、慈悲と智慧のまなざしで、私たちを見続けてくれています。心の我を張るのではなく、素直に受けとってまいりましょう。眼には見えない支えられているものに気づき、お念仏を申してまいりましょう。

 

 

新たな年

明けましておめでとうございます。

 

「正月」の意味については、色々な説がございます。

正しい月と書いてお正月といいますが、正すとは何でしょう?エリを正すといいますが、真っ正直な気持ちになるという意味でしょう。「正」はあらためるという意味もあります。

自分の生き方をあらためる、見直すと同時に他人から言ってもらわないとわからないことでもあります。

人様からの呼びかけに、耳を傾けていくことも大切であります。

正月はその呼びかけの中に、人生に対する自分の姿勢をただし、自分の命の生き方を問いただす意味もあります。

阿弥陀様も私たちに目覚め、気づけよと呼びかけておられます。その呼びかけに、「南無阿弥陀仏」と答えていきましょう。

この一年をどう過ごすか、心新たに皆様が幸せで、実りある年になりますよう祈念申し上げます。合掌

 

世代の違い

先日、娘(23才)と話していた時のこと、9時10分前集合と言えば何時何分のことかわかるかぁ?

「う~ん、9時かなぁ、いや、9時10分かなぁ、はっきりわかれへん」との答えでした。

「えっ、わかれへんかぁ、9時10分前と言えば、8時50分やで」と言うと、

「お父さんそれ日本語へんやでぇ、9時の10分前集合と言わないと伝わらないよ。『の』を入れて」と逆に怒られました。

こちらが伝わると思って話していても、しっかりと伝わっているのか世代により受け取り方が違います。笑い話のような本当の話ですが、上司が部下に、「このプロジェクトは骨が折れる仕事なので、心して取り組むように」と言うと、部下はどんな重労働をされるのかとひやひやしたとの事でした。

居間→リビング デザート→スイーツ 台所→キッチン など変わりゆく言葉がたくさんあります。

「さとり世代」というのをご存じでしょうか。1987年~2004年生まれを指すのですが、さとり世代には欲がない、恋愛に興味がない、旅行に行かないなど、休日は自宅で過ごすことが多く、無駄遣いをしない、気の合わない人とは付き合わない、さとりきったような価値観を持つ若者のことです。

宗教にはさとりの宗教と救いの宗教があります。大別すると、キリスト教は救いの宗教になり、仏教はさとりの宗教になります。しかし、仏教でも浄土宗は、救いの宗教になります。阿弥陀様の救い、本願を信じ念仏をお称えする他力念仏であります。決して自力の念仏ではありません。法然上人は人間の本質をしっかりと見てこられて、この身このまま救われるのは、阿弥陀様におすがりするしかない、自ら実践する修行では到底救われないとさとり、一心に「南無阿弥陀仏」とお称えすれば、誰でもが救われます。

世代が変わっても仏のみ教え、真理は不変であります。どうか皆様、阿弥陀様のお救いを信じて、お念仏をお称えしましょう。

努力

昔、ヒマラヤの奥地で,修行をしているオウムがいました。すると山火事が発生。山に住む動物たちは「逃げろー火事だー」とライオンを筆頭に大移動を始めました。ところが、オウムだけが大火にむかって飛んでいきます。

それを見たライオンは叫びます。「何をしている、早く来るんだ」

「僕は残る残って火を消したい」そう言って、オウムは近くの池に頭から突っ込み、羽を濡らして炎へ向かいました。燃え上がる大火の上から、パタパタと羽ばたいてわずかな滴をおとすのです。もう一度、池へ。もう一度、もう一度。オウムの羽はじりじりと焼け、翼が小さくなっていきました。それでも彼はあきらめません。

その姿を見ていた天人がオウムに聞きました。
「オウムよ。なぜそこまでするのか」するとオウムは言いました。
「この樹木さんたちは僕が休める寝床をずっと与えてくださったから。
暑いときには木陰を、寒いときには葉の布団を、寂しいときには、その懐で僕をずっと癒してくれたんだ。僕は恩をかえしたい」
次に神はこう聞きます。
「お前の小さな翼でこの大火を消せると思うのか」炎に立ち向かう小さな命はこう言いました。
「今、できることをさせてもらうんだ。出来そうにないことだからやらない、という生き方は違う。僕が今できることを、僕はする」
そう言って、オウムは、何度も何度も何度も池に飛び込んではメラメラと樹木を焼き尽くす炎へ突っ込んでいきました。
その強い意志と懸命な姿に大いなる神は心を動かされ、晴れ渡る大空に大雲を生み
大雨を降らせ鎮火させたのです。
力尽きて堕ちていったオウムは、大樹の枝に受け止められていました。
私たちは、ついつい結果ばかりを気にして、どうせやっても無駄だろうと諦めてしまう。精一杯物事に取り組み、その一瞬、一瞬努力したい。

「人生には努力した分だけの価値がある」

人それぞれである

お釈迦様は生まれてすぐ7歩あるいて、「天上(てんじょう)天下(てんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」と言われました。

天の上にも天の下にも、この広い地球上でただ私一人が尊しという意味ではなく、自分という存在は、誰にも変わることができない人間として生まれており、この命のまま尊い。他人と比較して傷つくこともなく、他人より優れているところがあっても、おごり高ぶらないという言葉でございます。

槇原敬之さんが作詞作曲をした「世界に一つだけの花」という歌があり、解散されたスマップも歌っていました。

槇原さんは1999年覚醒剤事件の有罪判決があり、世間を騒がせ、全国ツアーコンサートやCDやその他のものがすべて回収になり、損害は膨大な金額になったそうです。

何億もの負債を背負い、苦しまれたそうです。その苦しみの中で、山梨県は身延山、日蓮宗の総本山久遠寺に着きました。石段で一息しているときに。若いお坊さんが傍に寄ってきて、声をかけてきました。槇原さんですね?

お寺の書院に案内され、いろいろな話をされました。

その折に「天上(てんじょう)天下(てんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」の話をうけました。人生の絶望を感じてお寺に来たけれども、このお言葉を頂いて、生きる勇気を得て、前向きにもう一度頑張っていこうと決心されたのです。世の中の役に立ちたい、自分にできる事は、歌を歌い、作詞、作曲をすることである。この道で多くの人を幸せにしていきたいと。こう考えて「世界に一つだけの花」という国民的歌が誕生しました。

「ひとそれぞれ好みはあるけど どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて 争う事もしないで バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる
一人一人違うのにその中で 一番になりたがる
そうさ 僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かさせることだけに 一生懸命になればいい

小さい花や大きな花 一つとして同じものはないから
ナバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」

 

比べる事もなく、争う必要もない、人はそれぞれに尊い存在である。

「みんなちがって みんないい」(金子みすゞ)

今世間は「寛容さ」という言葉を忘れているのではないでしょうか。

 

怒り

最近テレビでよく目にするあおり運転、怒りをコントロール出来なくなっています。

煩悩の中でも怒りを瞋恚(シンニ)と言います。怒りの心が燃え上がり爆発してしまいます。

怒りの感情がでたら、冷静になることです。それには、数を数えて10秒以上経つと落ち着いてきます。落ち着かせる方法は「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」と心の中でお念仏をお称えします。周りに人が居なければ声に出してお称えすると、怒りの感情がおさまり、なぜそのような感情が出たのか、客観的に自己を見れるようになります。

「腹が立ったら鏡を見よ、鬼の顔がただで見られる」この歌のように、鏡を見る事も冷静さを保てる一つであります。

「火は火でもって消すことはできないように、怒りは怒りでもって消し去ることはできない」穏やかに過ごせるように、心を養っていきましょう。心の強さを持っている人が穏やかな人ではないでしょうか。

愚かな考え

お釈迦様が、托鉢をしていた時に、大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘がたもとへ石を入れている。自殺の準備に違いない。
娘のそばまで行かれたお釈迦様は、優しくその訳を尋ねられた。相手がお釈迦さまと分かった娘は、心を開いて苦しみのすべてを打ち明けた。

「お恥ずかしいことですが、私はある人を愛しましたが、捨てられてしまいました。世間の目は冷たく、やがて生まれてくるおなかの子供の将来などを考えますと、いっそ死んだほうがどんなにましだろうと苦しみます。
こんな私を哀れに思われましたら、どうかこのまま死なせてくださいませ」と、泣き崩れた。

お釈迦様は哀れに思われ、こう諭された。

不憫なそなたには、例えをもって話そう。
ある所に、毎日、荷物を満載した車を、朝から晩まで引かねばならぬ牛がいた。つくづくその牛は思ったのだ。
『なぜオレは、毎日こんなに苦しまねばならないのか、一体自分を苦しめているものは何なのか。』
そして、
『そうだ。オレを苦しめているのは間違いなくこの車だ。この車さえなければ、オレは苦しまなくてもよいのだ。この車を壊そう』。
牛はそう決意した。
ある日、猛然と走って大きな石に車を打ち当て、木っ端微塵に壊してしまったのだ。

それを知った飼い主は驚いた。
こんな乱暴な牛には、余程頑丈な車でなければ、また壊される。
やがて飼い主は、鋼鉄製の車を造ってきた。それは今までの車の何十倍の重さであった。

その車に満載した重荷を、今までのように毎日引かせられ、以前の何百倍も苦しむようになった牛は、今更壊すこともできず、深く後悔したが、後の祭りであった。

牛は、自分を苦しめているのは車だと考え、この車さえ壊せば、自分は苦しまなくてもよいのだと思った。
それと同じように、そなたはこの肉体さえ壊せば、苦しみから解放され、楽になれると思っているのだろう。
そなたには分からないだろうが、死ねばもっと恐ろしい苦しみの世界へ入っていかねばならないのだよ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも、大きくて深い苦しみである。そなたは、その一大事の後生を知らないのだ。

そしてお釈迦様は、すべての人に、後生の一大事のあることを、諄々と教えられた

愚かな考えをしてしまうことはあります。どうしても切羽詰まり、苦しみを背負いそこから逃れようとしたい時に、私たちはその苦の原因がなくなればと考えます。

しかし、大切なのはその苦しみを乗り越えていく力を養う事でしょう。

その支えとなるのが仏教です。

毎日晴れの日ばかりでない、雨の日も嵐の日もあるでしょう。毎日晴れの日ばかりにしてくださいとはこちらの勝手、願望であります。晴れの日も雨の日もどうか乗り越えていける心を養いましょう。

 

愚痴から感謝へ

やっと梅雨に入りました途端に雨ばかり。嫌な時期ですが、雨も恵みと受け取りましょう。

昔昔一人の老婦人が住んでおりました。

この老婦人は寝てもさめても、天を見上げては終始泣いていることから、「泣き婆さん」と呼ばれていました。

ある日のこと泣き婆さんの噂を聞きつけ、和尚さんが哀れに思い、その家を訪ねました。「あなたは毎日泣いているが、何がそんなに悲しいのか」

「私には2人の娘がいます。一人は傘屋に嫁ぎました。天気が良い日は傘が売れず辛い思いをしているだろうと考えるだけで、涙があふれてくるのです。もう一人は下駄屋に嫁ぎました。雨の日は下駄が売れず辛いだろうとまた涙が出てくるのです。」

和尚さんは微笑んでこう諭しました。「あなたの考えは正反対ですよ。晴れたら下駄屋の娘が喜んでいると笑い、雨が降ったら傘屋の娘が喜んでいると考えればどれだけ楽でしょう」それを聞いてから老婦人はニコニコ笑顔で暮らすようになりました。

まーこれは笑い話ですが、この中には重要なことがあります。人間は苦楽の世界に住んでいますが、苦しいことばかりしか考えられないと、地獄の世界に住んでいるのと同じです。

生きていくことは本当に辛いことが多いですよね。いつの間にか腰が曲がり白髪になって老いてゆくこと。

「朝起きて 夕べに顔は 変わらねどいつの間にやら 年は寄りけり」

いつまでも元気でいたいと願っていても、病気し、思うようにならないこの体を横たえている身の辛さ。

私達はそれでも、この悲しみや苦しみを乗り越えて生きていかねばならないのです

誰にだってあるんだよ、人に言えない苦しみが

誰にだってあるんだよ、人に言えない悲しみが

ただ黙っているだけなんだよ、言えば愚痴になるから(相田みつを)

愚痴の言葉から感謝の言葉に変えていきましょう。

一切皆苦

一切皆苦(いっさいかいく)と読みます。お釈迦様の言葉であり、文字通り読みます「世の中の全ては苦しみである」となります。苦しい時に発する言葉で、最後が「い」で終わる言葉があります。「つらい」「悲しい」「寂しい」「やるせない」「むなしい」「はかない」「苦しい」陰性感情の言葉はたくさんあります。その反対に陽性感情の言葉は「うれしい」「楽しい」・・・・とわずかしか思い浮かびません。

言葉一つと取り上げてみても、いかに陰性感情の言葉が多いか、やはり人生苦しみの方が多いといえます。しかし、仏教の苦しみとは「何事も思い通りにならない」という苦しみであります。それを受け入れる、「拝受」することが苦しみから解放されるすべなのです。

物事をあきらかにみつめていく。諦める事です。どうにもならない事をどうにかしょうとするから、苦を背負ってしまう。ありのままをしっかりと見つめていく。今まで自分に向かっていたベクトルを他者に向けていきましょう。

腰塚勇人氏の五つの誓いの詩です。

1.口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう。

2.耳は人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう。

3.目は人のよいところを見るために使おう。

4.手足は人を助けるために使おう。

5.心は人の痛みがわかるために使おう。

 

苦しい時はシクシク泣く 楽しい時はハッハッと笑う。

シクは数字に表すと、4と9 ハッハッは数字に表すと8と8

4×9=36  8×8=64  36+64=100

よくよく考えたなら 苦しみは36% 楽しみは64%であります。

楽しみが多い人生と受け取ってまいりましょう。

ありがとう

「ありがとう」

ありがとうと言われて怒る人はいないでしょう。ありがとうと言われたら嬉しいものです。依存関係が深いほど、ありがとうはあまり言いません。喩えるならば、小さい子どもが親にいろいろな事をしてもらう、それは当たり前だからです。

ありがとうの対義語はなんでしょうか?漢字でありがとうは「有難う」と書きます。有ることが難しい、稀である、稀有である。その反対語ですから「当たり前」になります。常日頃から当たり前だと思っているから、感謝の言葉「ありがとう」が出てこない。当たり前であってもそれを無くした人は「有難う」という言葉が出てくるでしょう。

“ありがたい”ということは、有ること難しということです。いまここに生きていることは、不思議なご縁によって生かされていることなのです。多くの方に 迷惑をかけ、支えられて生かされているのです。少しでもその事実に気づき感謝して生きる人間になりたいものです。現代人は自分の都合でしか見えないから、 ますます”ありがたい”"おかげさま”と思えなくなっています。

あるお婆さんが、孫に「食べ物を粗末にすると目が見えなくなるよ」と話した時、孫は、「お婆ちゃん、それは昔に言ったことでしょう。古い、古い。」と全く聞く耳をもたなかったそうです。
この目が見えなくなるということは、実際に肉眼の目が見えなくなるということではありません。それは、ご恩が、おかげが見えなくなってしまうことをいっているのです。いのちの事実が見えなくなることを教えているのです。

当たり前であることを少しでも感謝し、令和という時代を幸せな世の中にしたいものです。

 

御忌法要

法然上人の忌日法要を御忌(ギョキ)と呼びます。法然上人は正月25日に入滅されました。明治10年から、全国からの参拝者の便宜をはかって、気候の良い4月に変更されました。総大本山でのこの4月の御忌法要を勤めます。当山でも4月14日に法要を奉修します。

「恩」とう字があります。原因の「因」は「心」上に乘っています。「因」とは大きな風呂敷に大の字で寝てる姿を表し、安心してる姿とも言えます。この安心はどこからくるのだろうとそれに気づいていく。恩を知り、恩を感じる。それが知恩であり感恩であります。浄土宗総本山は知恩院、大本山百万遍知恩寺とどちらも恩の字がついています。これは法然上人のお弟子である勢観房源智上人が法然上人のご遺徳を偲び、ご恩に報いるために建立し、寺名を知恩寺、知恩院と致しました。

私たちは、恩を知り、恩を感じることはだれでもができることでありますが、恩に報いる、この報恩が大切であります。

「お父さんが湯からあがってきた、その後に私が入った。底を触ったら少し砂があった、私は黙ってはいっていた」この詩は小学6年生の斎藤和代さんの「風呂の砂」という詩であります。和代さんは風呂の砂の上に乗っかって、お父さんが汗水たらして、泥だらけになりながら、私を育てて下さっている。本当に有難いことだと、恩を知り、恩を感じ、恩に報いた。風呂の砂はだれもが汚いものであるが、和代さんは黙ってはいっていた。

恩は目には見えませんが、その事に気づくか気づかないかでは大きな違いがあります。阿弥陀様も目覚めよ、気づけよとお慈悲の光で私たちを照らしてくださっています。それに報いるためにも「南無阿弥陀仏」のお念仏を片時も離さないように心がけたいものです。

 

 

春彼岸

いい季節になりました、春。花粉症の人にとっては、いやな季節でございますが、入園・入学・就職とスタートの時期でございます。
春の語源は田んぼに水をハルから「春」、秋は田んぼの水をアケルから「秋」といわれております。陽気な季節、花が咲き乱れ人の心を和やかにしてもらえます。
トイレにも花が咲きます、さぁどんな花が咲くのでしょうか?
答えはスイセンです。(笑)

「スイセン」の画像検索結果

では、冷蔵庫で咲く花は?ヒヤシンス(笑)

「ヒヤシンス」の画像検索結果
またまた問題、大阪は水の都と言われております。この川は珍しい川で、2本流れています。何川と何川でしょうか?答えは向こう側とこちら側。
彼岸も向こう側とこちら側があります、向こう側が彼岸、極楽浄土を示し、こちら側は此岸、娑婆世界、私たちの住んでいる世界を表すのでございます。
彼岸とはサンスクリット語の「パーラミター」の漢訳で「到彼岸」を略した言葉であります。
此岸を離れて彼岸に到達することであり、私たちは迷い苦しみの世界から、安らぎの世界へ渡らせていただけるのは、自分の力では到底できません。法然上人は阿弥陀様のお力、他力本願にて彼岸へ渡らせて頂けるすべをお示し下さいました。それがお念仏、「ただ一向に念仏すべし」でございます。スタートがあればゴールがあるように、私たちはこのゴール、西方極楽浄土、彼岸を目指して、より一層この彼岸の時期にお念仏をお称えしたいもです。

言葉の大切さ

言葉や会話はとても簡単なことのようですが、悪気がなくても気づかないうちに誰かを傷つけることもあります。その反面、人を救うこともでき、癒すこともできます。言葉とは自分の考えや心を伝えるための重要な手段です。

言葉はお金がかからない、タダであるからといって、思ったことを次々に口にするのではなく、言葉の力を理解して、お金のように考えて使うことが大切であります。

震災での出来事ですが、市役所の人が必死でおにぎりを届けていました。そうすると、「おじいさん、おにぎりを戴きました。一つしか当たりませんから半分ずつ戴きましょう。有り難いことです。すみませんね」と老婦人が有難くそのおにぎりを受け取っていました。ところが、その隣の老夫婦の主人は、「今何時だと思うとるんや。夜中の十一時過ぎやぞ。わしら、朝から何も食べとらんで。水も飲んどらんのや。それなのに、こんな冷たいおにぎり一個か。お前ら、わしらに死ねというのか」と、物凄い剣幕でかみついていたのでした。

おにぎり一個という現実は同じでも、その人の心の持ち方ひとつで、ほのぼのとした温かさを感じる人もいれば、怒りをぶちまける人もいます。心は言葉に表れるといいますが、正に感謝の気持ちを素直に持てるか、心の中が自然と外に、表情に、言葉となって出てくるものです。

  たった一言が人の心を傷つける

  たった一言が人の心を温める

年頭に孫の笑いを土産かなぁ

明けましておめでとうございます。皆様にとって、実り多きより良い1年でありますよう祈念申し上げます。

「年頭に孫の笑いを土産かなぁ」小林一茶の句でございます。

現代人は「年頭に孫の土産はお年玉」ではないでしょうか。

また、こういう句もございます。「めでたさも 中くらい おらが春」小林一茶

中くらいは信濃の言葉で、あやふや、いい加減、どっちにもつかずという意味であります。この句の前にある文を読まないと一茶がこの句に込めた真意が見えてこないのです。「から風の吹けばとぶ屑家はくず屋のあるべきように、門松たてず煤(すす)はかず、雪の山路の曲り形(な)りに、ことしの春もあなた任せになんむかえける」

こんな文があって、この文の〈あなた任せ〉という意味が重要な役割を果たしている。ここでの〈あなた〉とは阿弥陀如来のことで、如来に全てお任せするという意味で使われています。要するに、弥陀任せのわが身であるから、風が吹けば吹っ飛ぶようなあばら屋でもあるし、掃除もしないで、門松も立てないで、ありのままで正月を迎えている。だから目出度いのかどうかあいまいな自分の正月であると歌っているのであります。

ある方は、正月だといって改めて何かしたことはなし、普段通りに正月を迎えています。日々〈今、誕生〉と新しい日を迎えているような感覚があって、正月だから特別に何かしなければならないと思ったことはなのです。それが良いのか悪いのか考えたこともないが、長年続いています。

「めでたさも一茶位や雑煮餅」  正岡子規

小林一茶は五十二歳で初めて妻を迎え、三男一女を授かりましたが、子どもたちが次々に亡くなるという不幸に見舞われました。
この句は、小林一茶の目出度さも中位なりおらが春をふまえているのは明らかであります。
新年を迎えてめでたいが、子どもが次々に亡くなるなどして、そのめでたさも大きなものとはいえない。それで「めでたさも中位」なのです。
子規も、新年を迎えてめでたいけれど、やはり自分の病気のことなどで、そのめでたさは大きなものとは言えなかったのでしょう。

身内が亡くなってしまう。お金がなくて住む場所や食べるものがない。不幸はそういう具体的なものですが、幸福は感覚的、気分的なものです。
幸せをいくら遠くに探しに行っても、見つかるものではありません。自分探しをするために海外に留学しても、本当の自分が見つかることなんてまずないでしょう。
身内と自分がそれなりに健康に日々を過ごしていて、住む場所や食べるものに困ることなく正月を迎えられる。幸せなことですよね。

元旦のテレビでは、初詣を終えた人に「今年は神様に何をお願いしましたか?」と尋ねるシーンが映し出されていました。
聞いてみますと、毎年同じような答が返ってきます。
「家族がこの一年健康でありますように……」
「今年こそは商売が繁盛しますように……」
「目指す大学に合格しますように……」
神社仏閣は自分の願いをかなえてもらうためにお参りするところと思っているようです。もっとも、お願いをする方も一日限りの信者ですから、そうそう神様や仏さまを当てにしている風でもなさそうで、願い事が聞き入れられなかったといって、詐欺罪で訴えたという話は、これまで聞いたことがありません。
確かに、初詣は、「お正月だから……」「皆がしているから……」という、ごく軽い気持ちで出かけているのだと思いますが、やはりこの初詣風景を見ていますと考えさせられます。また、そんな人間に迎合するように、「あなたの願い事をかなえてあげましょう」という神社仏閣が実にたくさん存在しています。
「これは一体全体どうなっているのだ!」と首をかしげずにはおれません。
年末には、新聞やテレビで「こうこういうご利益があります。初詣に出かけましょう」と大々的に宣伝する神社仏閣がありました。
残念ながら、「神社仏閣は願い事をかなえてもらうところ」と思っている人がいる限り、こうしたご利益宗教がなくなることはありません。
しかし、人間生きていれば、晴れの日もあれば雨や風の日もあり、嵐に出会うことだってあるのです。願い事をかなえて下さいというのは、雨や嵐の日をなくして晴れの日だけにして下さいということと同じなのです。ところがよく考えてみて下さい。
たとえ願い事が一つ満たされても、すなわち晴れた日がたまたまやってきたとしても、必ずまた雨の日や風の日がやってきます。
一つ問題が解決したと思えばまた一つ問題が起こる。それが私たちの人生なのです。
ですから、目先の晴れの日だけを願って、一喜一憂するような人生からは、決して真の安らぎは生まれません。
それより何より、そんな人間の都合の良い願いをかなえてくれる神さまや仏さまなどはいらっしゃいません。
そうしますと、雨の日や嵐の日をなくして下さいと神仏にお願いするよりも、雨の日であっても嵐の日であっても、それを受け入れて、そこから立ち上がっていく生き方を身に付ける方がよっぽど理にかなっています。
そうして、そのような生きる智慧というものを与えて下さる宗教が本当の宗教なのです。
「仏さまにこちらの願いを聞いてもらおうとするのではなく、私の方が仏さまのお心(願い)を頂いて生きなさい」とおっしっています。
南無阿弥陀仏は「晴れの日でも雨の日でも、あなたのことは必ず護ります。何があっても大丈夫ですから、私を支えにして、与えられた命を粗末にせず、この人生を精一杯歩みなさい」という阿弥陀さまの呼び声です。
「その呼び声に込められた阿弥陀さまのお心(願い)を頂くのですよ」とおっしゃっているのです。
そのお心(願い)を頂けば、目先の幸不幸に惑わされ、晴れの日だけを追い求めようとする我が心の浅ましさが自ずと知らされます。
そうして、「どんな日が来てもかまいません」と立ち上がっていく人生の智慧が恵まれるのです。
「雨がふってもブツブツ言うまい。雨の日には雨の日の生き方がある」とおっしゃっています。
雨の日があれば、「雨のおかげでこんな良い一日にしていただきました」と、しっかりと雨の日を受け入れ、そこに大きな恵みを見出しておられることがよく分かります。
まさに、真実の宗教に出会った方の人生の豊かさというものを窺い知ることが出来ます。
この一年もまた阿弥陀さまのお心(願い)を頂き、雨の日も風の日も、阿弥陀さまと共に歩ませて頂きたいものです。

 

 

 

 

八苦(五蘊盛苦)

住職の法話(五蘊盛苦)

五蘊盛苦(ゴウンジョウク)とは、心が受け取る五種類の機能が盛んになりすぎてしまう苦しみであります。蘊とは集まりであり、五つの集まりとは、色・受・想・行・織(シキジュソウギョウシキ)であります。五蘊は般若心経にも出てきます。色とは、本体であり、受は、感覚・知覚・印象であり、想は受け入れた感覚を思い出すことであり、行は意志と行為のことで、対象に積極的に働きかけることであり。織は物を認識し区別することであります。

喩えるならば、ここに女性がおられます。女性は本体、物質的な形、存在であるので、「色」になります。女性をみて素敵だなぁと感じる心は、感覚になるので「受」になります。その女性に恋心を寄せてしまう、感覚は何かと考えると、恋になるので、「想」になります。そして、もっと親密に話したい、食事を共にしたいという意思が働いて「行」になります。切ない想いを自覚する、己の中の判断を意味するので、「織」になります。私たちが生きている以上、様々な苦しみから逃れることなどできないわけです。その苦しみから逃れる、解放される道は、この六道輪廻から厭い離れることしかないのです。もう一度生まれ変わることのないように、お念仏をお称えし、この迷いの世界から解脱し、西方極楽浄土に往生することが、この苦しみから逃れる方法です。ただただ阿弥陀様の本願力を頂戴して、お念仏精進してまいりましょう。

 

八苦(求不得苦)

住職の法話(求不得苦)

求不得苦(グフトクク)とは、求めても得る事ができない苦しみであります。自分の思い通りにならないのが、苦の本質であります。欲しいものがあれば、人を押しのけてでも手に入れたい、そんな欲求が私たちの心の奥底に潜んでいます。一度手に入れたものでも、満足せずにまた他のものを欲しがります。欲とは底なしなのです。欲望とは次から次へと変わっていきます。

喉の渇きを潤すために、ビールが飲みたいなぁと思い、一杯、二杯と飲んでいくうちに、もうビールでなく他の飲み物が欲しくなります。満足度が低下するのです。だからこそ、一杯目のビールが最も美味しいといわれます。

京都龍安寺のつくばいには「吾唯足知」文字が刻まれています。この意味は「われただ足るを知る」貪ることをしない。満足を知る人は、不平不満の心を起こさないのであります。

幸せの「はひふへほ」

はー半分でいい

ひー人並みでいい

ふー普通でいい

へー平凡でいい

ほーほどほどでいい

 

欲張りすぎない生き方を是非とも実践してまいりましょう。

竜安寺

八苦(怨憎会苦)

住職の法話(怨憎会苦)

怨憎会苦(オンゾウエク)とは恨んだり憎んだりしている相手とも会わなければならない苦しみであり、「愛別離苦」とは真逆であります。

私たちは人との付き合いを、好きか嫌いか、苦手か苦手でないのか、損か得かで判断しています。

「嫌いな人がいるのではなく、嫌いだなぁと思う心が自分にある」

私には苦手、嫌いな人であっても、他の人からは好かれている人もいます。そんな自分の嫌な心を見つめて少しでも克服できるようにしましょう。

テレビドラマでも色々な人が登場してこそ、興味が湧き、視聴率があがります。それと同様に世の中も、よき人も悪しき人も各々が芝居を演じていると思えば自分にとって嫌な人も、これはただただ演じているだけなんだぁと思えれば、人との付き合いも変わっていくのではないでしょうか。

「人の心とこんにゃくの裏表はようわからん」

心には裏表があります。本当の自分はどんな心の持ち主か、こんにゃくの様にどちらが表か裏かわかりません。宗教とは自己を見つめて、どう進むべきか。み佛様のみ前、仏壇の前で手を合わせ、己を見つめてみてください。

この忙しい時代にゆっくりと自分を見つめ直し、自分自身を知りましょう。

八苦(愛別離苦)

住職の法話(八苦)

八苦とは愛別離苦(アイベツリク)・怨憎会苦(オンゾウエク)求不得苦(グフトクク)・五蘊盛苦(ゴウンジョウク) 前回法話の四苦を合わせて、四苦八苦。全部で十二の苦ではなく、八つの苦であります。

「出会いは、別れの始まり」という言葉があるように、私たちは必ず別れというものを経験しなければなりません。特に愛するものと別れなければいけない苦しみを愛別離苦といい、四苦八苦といわれる苦しみの中で一番辛い苦しみといわれます。

「しゃぼん玉」という童謡があります。これは野口雨情氏が作詞した歌ですが、この歌詞が作られた背景には、2歳の愛娘の死があるそうです。

「しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた 風 風 吹くな しゃぼん玉とばそ」

しゃぼん玉とは人間の命のことでしょう。この世に生を受け、屋根まで、つまりある程度のところまで命ながらえて生きることのできる人もいます。しかしながら永遠というわけにはいきません。いつかはこわれて消えるのです。そして2番の歌詞は特に娘のことを思って作ったのでしょう。娘が生まれて、本当に人生のスタートラインに立つかどうかのところで命が消えてしまった。「風、風、吹くな」とは偽らざる願いでしょう。しかし、ひとたび無常の風が吹きぬければ、命はなんともはかなく失われてしまう。その風は私たちの願いとは裏腹に、いつ吹くかもわかりません。私たちの命のはかなさを歌っているのがこの「しゃぼん玉」という童謡です。この詩と愛娘の死とは直接関係ないという説もありますが、幼くして亡くした子どもの偲んでこの詩を書いたのは明らかです。

法然上人のお言葉の中に、「会者定離は常の習い、今始めたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや。今の別れはしばらくの悲しみ、春の夜の夢のごとし」

会う者は必ず別れるということは、世の定めであり、今に始まったことでもありません。どうして深く嘆くことがあるでしょうか。今の別れは、しばしの悲しみに過ぎず、春の夜のはかない夢のようなものです。とおっしゃっておられます。

そんなことは頭でわかっていても、その現実を引き受けることはなかなかできません。ましてや自分の身にそんなことが起ころうとは誰も思っていないでしょう。

しかし、お浄土での再会を願わずにはおれません。「老いる事が楽しみになってきました」という子どもを亡くされたお母さんの言葉。我が子と会える日が一日一日と近づいてくる。老いる事が楽しみにお念仏をお称えして、お浄土での再会を念じたいものです。

一休禅師は信者さんから目出度い言葉を書いて欲しいと頼まれ、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」と書いて信者さんに渡すと、「何が目出度い言葉ですか、死が三つも書いてある」と怒りました。一休さんは諭すように「親が亡くなり、子どもが亡くなり、孫がなくなり、歳の順番に亡くなることほど、目出度いことはないのだ」と。順縁とは歳の順番になくなることであり、逆縁は歳の下の者から亡くなる。年齢順には亡くならないこの世の中、しかし、必ず亡くなることは確かであります。老後の事を考えるのも大切でしょう、しかし、老後が来るか来ないか不確定なことを考えるより、いつか必ず来る「死」を考えたいものです。

四苦

住職の法話(四苦)

「仏教をお開きになられたお釈迦様」

まずは仏教をお開きになられました、お釈迦様のお話をさせて頂きます。多くの部族国家が分立していた時代、北インドの小国、東西80キロ南北60キロ千葉県くらいの面積を治めていた釈迦族のシュッドーダナという王とお母様摩耶(マヤ)夫人の間にお生まれになられました。摩耶(マヤ)夫人が、出産のために実家に帰る途中、ネパールのルンビニーの花園で花に手を伸ばしたときに、脇の下から4月8日に生まれたとされています。紀元前463年もしくは565年という説もあります。なぜ脇という非現実的なところから生まれてきたのかと、大抵の人が思うでしょう。それは現在インドのほとんどを占めるヒンドゥー教の基になる、バラモン教が関与しているという説があります。

現在では法律上で禁止されていますが、インドにはカーストという身分階級制度があって、それは今でも根強く実態として消え去ってはおりません。カーストでは4つの階級があり、身分の高い順にバラモン(司祭)、クシャトリア(王族)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)という順であります。

そして重要なのが、バラモン教ではバラモンは神の頭(口)から、クシャトリアは脇(腕)から、ヴァイシャは腿(腹)から、シュードラは足の裏から生まれるとされています。そしてお釈迦様は脇から生まれたという。つまり、王族であるために脇から生まれたと考えられているのであります。

お生まれになって七歩 歩まれました。

これは大事なことを顕しております。仏教の思想、六道輪廻(ロクドウリンネ)(があります。

六つの迷いの世界。生まれ変わり死に変わり、堂々巡りしてきました。

車輪がくるくる回るように、回ってきました。

六つの世界とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上

六を超えて七の世界があります。

「天上天下唯我独尊」(自分という存在は、誰にも変わることができない人間として生まれており、この命のまま尊い)

シッタルダ太子が生れて七日後に母親がなくなり、妹のマハプラジャパティに育てられました。

19歳もしくは16歳でヤショダーラと結婚し、ラゴラが生まれました。 29歳で出家なさいました。

不自由なく暮らしていたシッタルダ太子でしたが、あるとき東西南北それぞれの城門から外出する機会がありました。その時に四つの苦しみ(四苦:生・老・病・死)を知ることになり、そのエピソードを四門出遊(シモンシュツユウ)と言います。

東門―老人を見る。西門―病人を見る。南門―死人を見る。北門―修行僧を見て、気高き姿に惹かれて、出家する決断をするのであります。

「生」の苦しみは、生まれてくる苦しみであります。インドでは身分制度があり、生まれながらに身分は決まっており、自分の力ではどうすることもできない。

「老」はいつか来ます。20歳までは成長である、それ以降は「老」である。「変わりたくても変われない、変わりたくなくても変わっていく。」これが人間の姿であります。自分を変えようとしてもそう簡単に変えれない、しかしまだまだ若くいたいなぁと思っていても変わっていくのがこの世であります。

立ち上がる時に掛け声をして立ち上がる方が居られます。力を入れる時に「ヨイショ」

もう少し年配になると「ヨッコラショ」と、そしてその先は「ヨッコラドッコイショ」皆様はどの掛け声でしょうか?

「病」は心の病と体の病があります。川柳に「高血圧 ニュース見るなと医者がいい」

「病院へこないあの人病気かな」病気になると医者が頼もしく、薬が有難いと誰もが思う事でああります。宗教も自分が必要な時だけ必要なのでしょうか?その考えでもいいのでしょうが、浄土宗のみ教えは平生が大切であります。毎日の日課、日々のお念仏であります。

「死」は必然であり、「生」は偶然である。誰もが決して避けて通れないのが「死」でああります。

しかし、お釈迦様を7つ目の世界をお示しくださったように、阿弥陀様は西方極楽浄土という世界をお建てになり、浄土宗をお開きになられた、法然上人は「ただ一向に念仏すべし」とお念仏申して、阿弥陀様のお他力を頂戴して、六道輪廻の世界から厭いはなれるすべを

私たちにお説きくだされた。

死とは残された人にとって永遠の別離ではなく、西方極楽浄土で再会できるという希望があります。そのための葬儀や追善回向が大切になってきます。

通夜は人生の卒業式、葬儀告別式は人生の入学式である。極楽浄土に入学する大切な儀式なのです。