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日別アーカイブ: 2019年4月29日

4月掲示伝道

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大本山百万遍知恩寺御忌法要

4月22日(月)から25日まで大本山百万遍知恩寺の御忌法要のお手伝いに上がらせて頂きました。二十五菩薩練り供養は3年に一度の法要であり、滅多に見れない貴重な行事であり、仏様のお面や衣装を身に着け、阿弥陀如来が臨終に際し二十五菩薩を従えて来迎する場面を、人々が実際にお練りする(歩く)ことで再現します。

25菩薩練り供養

知恩寺は浄土宗の京都四ヵ本山の一つで、慈覚大師によって開かれた「賀茂の河原家」と呼ばれる神宮寺が前身。法然上人はその地を念仏道場とし、上人亡き後は、弟子の源智が法然上人の御影堂を造営して、法然上人の恩を知る「知恩寺」と名付けたのが始まりです。

御忌法要・先代17回忌法要

4月14日(日)午後1時より法然上人御忌(ぎょき)法要・先代17回忌法要が厳修されました。御忌法要は7ヶ寺の寺院で輪番で執り行っており、7年に一度当番がまわってきます。

諷誦(ふじゅ・声高らかに節を付けて、法要の趣旨を唱え上げること。声高らかにあげることによって、そこに言霊が宿る。)という独特の節回しで唱え、緊張の中、導師を勤めることができました。

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午後2時半から1時間、廣井一法上人のご法話の後、先代17回忌法要を僧俗一体となって「阿弥陀経」をお唱えいたしました。

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法然上人は、 建暦 (けんりゃく) 2年(1212)1月25日、御歳80歳、京都・東山の吉水、現在の総本山知恩院の地でお亡くなりになられました。そのご命日に、上人のご 遺徳 を 偲  び、ご遺訓の『一枚起請文』を声高らかに拝読し、営まれる 法会 を 御忌会 (ぎょきえ) と言います。

もともとこの「 御忌  」という言葉は、天皇や皇后の 忌日 法会  のことでしたが、、大永4年(1524)、 後柏原 天皇が知恩院第25世 超誉存牛(ちょうよそんぎゅう) 上人に「 知恩院 は、浄土宗の根本道場であり、宗祖入滅の霊跡であるから、毎年7日間、ここで御忌を勤めよ」という「大永の御忌 鳳詔 (ほうしょう) 」を出したことから、以来、法然上人の忌日法要を特に「御忌」と呼ぶようになりました。

知恩院では古来、1月25日に御忌が勤められてきましたが、明治10年から4月に変更され、今日では1月25日のご命日法要に加え4月19日から25日まで全国から多くの参詣者を集め盛大な御忌を営んでいます。そして、ほかの大本山や全国の浄土宗寺院でも、これにならって春に行うところが多くなりました。