ブログ│宗教法人 稱念寺

オフィシャルブログ

4月掲示伝道

IMG_1605

住職法話4月「てんしの妹」

第10回「いつもありがとう作文コンクール」(2016)で最終優秀賞を受賞した、新潟県柏崎市の松橋一太(まつはし いった)くんが書いた作文「てんしのいもうと」を紹介させていただきます。

僕には、てんしの妹がいます。

夜中、僕は、お父さんと病院の待合室に座っていました。隣にいるお父さんは、少しこわい顔をしています。いつも人でいっぱいの病院は、夜中になるとこんなに静かなんだなあと思いました。

少したってから、目の前のドアが開いて、車いすに乗ったお母さんと看護師さんが出てきました。

僕が車いすを押すと、お母さんは悲しそうに、歯を食いしばった顔をして、僕の手をぎゅっと握りました。

家に着くころ、お空は少し明るくなっていました。

僕は1人っ子なので、妹が産まれてくることがとても楽しみでした。お母さんのお腹に妹が来たと聞いてから、毎日、ぬいぐるみでおむつがえの練習をしたり、妹の名前を考えたりして過ごしました。

ごはんを食べたり、おしゃべりしたり笑ったり、公園で遊んだり、テレビを見たり、いままで3人でしていたことを、これからは4人でするんだなあと思っていました。

でも、春休みの終わり、トイレでぐったりしながら泣いているお母さんを見て、これからも3人なのかもしれないと思いました。さみしくて、悲しかったけど、それをいったらお父さんとお母さんが困ると思っていえませんでした。

ぽかぽかの暖かい日、僕たちは、善光寺さんへ行きました。妹とバイバイするためです。初めて4人でおでかけをしました。

僕は、妹が天国で遊べるように、おりがみでおもちゃを作りました。

「また、お母さんのお腹に来てね。今度は産まれてきて、一緒にいろんなことしようね。」
と、手紙を書きました。

僕は、手を合わせながら、僕の当たり前の毎日は、ありがとうの毎日なんだと思いました。

お父さんとお母さんがいることも、笑うことも、食べることや話すことも、全部ありがとうなんだと思いました。

それを教えてくれたのは、妹です。

僕の妹、ありがとう。

お父さん、お母さん、ありがとう。

生きていること、ありがとう。

僕には、てんしの妹がいます。

大事な大事な妹がいます。

 

 

*1年生でここまで両親の気持ちを汲むことができるのは、本当に素晴らしいお子さんです。現代はネットで自分の思う事、考えている事をストレートに表現できる時代になりましたが、はたして、他者を傷つけてはいないでしょうか。善光寺に参拝して、み仏様に手を合わせて、妹の為に純粋な気持ちで拝まれたことだと思います。今までの生活が当たり前であったが、妹を亡くして、この当たり前から有難うという事に気づかせていただいた。

感謝の気持ちを忘れずに生きていれば、本当の幸せを得る事ができるでしょう。家族の死に対して、私たちはそこで何を得るのか。色々な事に気づかせていただきたいものです。

無碍の道、お念仏の道をただ純粋に歩みたいものです。合掌

 

メダカ200匹購入

蓮の植え替えを終え、ボウフラの大量発生を抑制するために、メダカを200匹購入しました。

IMG_1583

蓮の植え替え

IMG_1578

3月15日に蓮の植え替えをしました。

夏に綺麗な花を咲かせてくれることを祈っています。

お地蔵さんのよだれかけ

IMG_1541

お地蔵さんのよだれかけを檀信徒の方が作って下さいました。

季節に合わせて年に4回ほど、丁寧に縫っていただき、感謝しています。

今回は桜の柄です。早く暖かくなって欲しいものです。

お賽銭に音声

IMG_1534

境内の「ほほえみ夢叶え地蔵」右横にお賽銭箱がございます。

その支柱にセンサーに反応して音がでる機械を設置しました。

10秒ほど録音ができるのですが、どのような音がいいのか試行錯誤しながら、やはりお寺の境内なので、違和感のない音に落ち着きました。

その音とは、お仏壇にあるリンの音「チーン」です。

センサーの感度がいいので、参道を通るたびに鳴ります。

お地蔵様のお声として受け取って頂きたいものです。

ひな人形

IMG_1532

玄関上り口に毎年ひな人形を飾っております。

今年も飾りました。

住職法話3月「独り占め」

現代人はお互いに、俺が、俺が、と自我一辺倒で、相手の
立場に立って考えるということを忘れているようです。
その結果、政治も教育も道徳も救いようのない腐敗、混迷、
堕落を招き、人を批判することばかりで、閉塞感のある社会になっています。
ある少年のお話です。

少年には弟がいます、いつも弟とピザを分けて食べるので、少年の夢は1人でピザを食べることでした。

ある日のこと、弟と母親が買い物に出かけた留守に自分の小遣いでピザを宅配してもらいました。

「やったピザだぁ、これで独り占めできるぞう」夢が叶った瞬間でした。

少年はピザを食べながらふと思ったのです。

「何か違う、いつものピザではない、なんでこんなにおいしくないのか」

そう思いながらピザを食べておりました。その時、弟が帰ってきました。

「わぁ、兄ちゃんピザだぁ、おいしそう」

「こっち来て一緒に食べよう」兄弟仲良くピザを食べました。そうすると

「美味しい、いつものピザの味だぁ」

そこには分け合う幸せがあるのです。独り占めが幸せだと思っていたが、弟の笑顔をみながら食べるピザほど美味しものはないのです。

 

うばい合えば憎しみ 分け合えば喜び

奪い合えば不満 分け合えば感謝

奪い合えば戦争 分け合えば平和

奪い合えば地獄 分け合えば極楽

 

全てのことが平等にはならない事の方が多いかもしれません。

しかし、宗教は分け隔てなく、ただただ、阿弥陀様の救いを信じて、お念仏をお唱えすれば、どのような者でも救っていただける有難いみ教えでございます。合掌

3月掲示伝道

IMG_1526

住職法話2月「四天王寺」

私が小さい頃の遊び場であった四天王寺のお話をさせて頂きます。

四天王寺は聖徳太子によって創建され、仏教精神に則り、庶民救済の為に、「四箇院(しかいん)」とよばれる、敬田(きょうでん)院、施薬(せやく)院、療病(りょうびょう)院、悲田(ひでん)院の施設を造られた。仏法修行の道場である「敬田院」、病者に薬を施す「施薬院」、病者を収容し、病気を癒す「療病院」、身寄りのないものや年老いた人たちを収容する「悲田院」の四つで構成されています。現代の社会福祉施設が今から1430年前にあり、今も四天王寺にはその精神が受け継がれております。

法然上人は文治元年(1185)51歳の時に、慈円僧正に招まれ西門の辺りで念仏を唱えて日想観(にっそうかん)を修されています。
その地には念仏三昧院、念仏堂と呼称される堂宇が建立され、荒廃した後は鳥羽法皇の御誓願により短声堂・引声堂として再建され、それも昭和の戦災で焼失した為、現在は阿弥陀堂を法然上人二十五霊場と定めています。

 

高僧に高野の明遍上人という方がおられました。
この方は「法然の言うことも尊い所はあるが、念仏一行の選択はあまりに偏った見方である」と法然上人をののしっていたお方でした。
ある晩、明遍上人の夢の中に四天王寺西門が登場します。
西門の周辺には、親にも、兄弟にも、妻子にも見捨てられた重病人が幾人も横たわっています。
そこに墨染の衣を身につけた聖がたった一人で向かっていき、病人の口元へ小さな貝ですくった重湯を施しては看護し、静かに拝んでいきます。
その姿が実に尊く、通りがかった人に「あの聖はどなたですか」と尋ねると「法然上人です」との応えでした。
明遍は驚いて目を覚まし
「今まで法然上人は、偏っていると思っていたが間違いであった。病人にご馳走を出しても何の役には立たない。重湯こそが必要である。同じように、私が説いてきたご馳走のようなお釈迦様の教えも、相手に合わなければ、何の役にも立たない。念仏こそが病む人の為の教え、重湯である。」
と深く反省し、法然上人を師と仰いで、空阿弥陀仏と名を改めて、念仏に励んだということです。
み教えは大切であり、有難いことですが、誰もが修することができなければ、絵にかいた餅になります。庶民救済の精神、全ての人々が救われる道、お念仏を実践してまいりましょう。合掌

日想観

*日想観とは、太陽が沈む時に西の方角に向き、心を落ち着けて落日をじっくりと見ます。やがて太陽は沈み、辺りに静寂と夕闇が訪れますが、そこにまだ太陽が明瞭に見えるように、観想することを言います。

この際、目は閉じていても開いていても構いません。そこに太陽をありありと感じることが大切です。この修行法は、極楽浄土を見る修行で、観無量寿経に記されています。