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住職法話8月「涙」

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人間の涙にはどんな意味があるのでしょうか。悲しくて流す涙、うれしくて流す涙、くやしくて流す涙、人はさまざまな場面で涙を流します。

今、東京オリンピックが開催されております。アスリートが流す涙も様々です。

日本選手の活躍、メダルラッシュで本当に喜ばしい事です。口々に感謝の言葉を述べる選手たち、そこには感謝の涙もあったでしょう。

今から百年以上も前、イギリスにファラデーという偉大な化学者がおりました。彼は研究のかたわら、大学で教べんをとっていたのですが、ある日のこと、化学科の学生たちの前に、一本の試験管をもって現れました。そして、学生たちに次のように尋ねたのです。

「実は、この試験管の中には人間の涙が入っているんだが、諸君、人間の涙には何が含まれているだろうか」学生たちは、涙と聞いて多少驚きながらも、そこは化学科の学生のこと、難なく答えました。「先生、それは大部分が水で、あとは塩分が少し入っています。

「よろしい。確かにその答えで間違いではないが、人間の涙というのは、ただそれだけのものだろうか。科学的にいくら分析しても、分析しきれないものが、人間の涙には含まれているのではないだろうか」と、学生たちに疑問を投げかけたというのであります。

涙は、いくら科学的に分析したところで、水と塩分に過ぎません。しかしその奥には、目には見えないが、尊いものが含まれていることを、ファラデー先生は教えたかったに違いありません。

目に見えるものと目に見えないもの。目に見えないものにこそ、光をあてましょう。合掌